(1) 『声が聞こえる・・・』
朝一番にそばを打つとき、木鉢にそば粉を入れ手を合わせる。
「今日一日よろしくおつき合いください」
このようにして一日が始まるのも二十数年になるだろうか。
私が若かった頃、「日本一のそば屋になりたい・・・」と
肩に力が入り、思いばかりが空回りしていた時期がありました。
長女がまだ小学校に上がる前だった頃、娘にそばを食べさせた、
丁度その日、私の親父さんが年に数度しかそばを打たない、そばを打った、
いい機会なので親父の打ったそばと、私の打ったそばを
娘に食べさせてみよう・・・
すると、娘が言うには・・・
「お父さんの打ったそばもおいしいけど・・・
おじいちゃんの打ったそばのほうが、もっともっとおいしい。」
子供は正直です・・・ね!
私は毎日何度も一生懸命やっているのに、形も揃っていて腰もあるはずなのに、
親父さん年に数度しか打たないのに、そばを打つ時間も短いし、
そばも太いもの細いもの・・・不揃い! おかしいな~
私も親父さんのそばを食べてみました・・・
娘が言うように、私の打ったそばより、味わいがあるんです、
中身があるんです。そして何か、やさしい味がするんです。
私の打ったそばは、形ばかりで中身がなかったのです・・・
娘や親父さんのおかげで、私は自分の未熟さを知りました。
それから1~2年後、いつものようにラジオを聞きながらそばを打っていると、
ラジオから「これからはベストワンよりオンリーワン」の時代だよね・・・
という言葉が心に入って来ました。
そうなんだ、ベストワンじゃなくてオンリーワンでいいんだ!
今まで、どこか「ベストワンになりたい」と、肩に力ばかり入っていて、
自分が主役になって、材料(そば粉)が脇役になっていたんじゃなかったのか・・・
「ベストワンじゃなくていいんだ、オンリーワンでいいんだ」
と思った時から、肩の力が抜け楽な気持ちになった。
「主役はそば粉で私はお手伝いする人」なのだ・・・
その時から、木鉢に入れたそば粉に自然と手を合わせるようになり、
そして、声が聞こえた・・・
そば粉が私に・・・
『お前もようやく職人の入り口に来たな』・・・と
べん
前後裁断
過去を悔むより
先を不安に思うより
今あることを考える
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