文鎮 Ⅱ
『かけそば一杯、 もりそば一枚のお客を大切に・・・』
私が20才の時、今の店を新築しました。
(跡を継ぐことを決めたということもあったかもしれません。)
その頃は、浅間温泉も賑わっておりました。
芸者さんがお座敷の行き帰りに、きれいな着物姿で
歩く姿は、華やかなものでした。
店にも毎晩のようにお客さんと二次会で来てくれて、
夜遅くまで三味線の音色が響いておりました。
(今では、遠い昔話となってしまいました。)
23才の頃、私の祖母が亡くなりました。
仕事で忙しかった両親に代わり、子供の頃
何かと面倒をみてくれました。そういう意味では
私はおばあちゃん子だったかもしれません。
その祖母が死ぬ間際に、私ひとりを病室に呼んで、
『かけそば一杯、もりそば一枚のお客を大切にしろよ、
ねぎは良くさらせよ・・・』と言い残して
息をひきとりました。
私は祖母の亡骸を背負って、病室から中庭を歩いて
玄関の霊柩車まで運んだ時、祖母の重さだけでは
ないものを、肩にそして背中にずっしりと感じ、
一生そばの道を歩んで行くんだ・・・と思いました。