文鎮 Ⅱ
『かけそば一杯、 もりそば一枚のお客を大切に・・・』
私が20才の時、今の店を新築しました。
(跡を継ぐことを決めたということもあったかもしれません。)
その頃は、浅間温泉も賑わっておりました。
芸者さんがお座敷の行き帰りに、きれいな着物姿で
歩く姿は、華やかなものでした。
店にも毎晩のようにお客さんと二次会で来てくれて、
夜遅くまで三味線の音色が響いておりました。
(今では、遠い昔話となってしまいました。)
23才の頃、私の祖母が亡くなりました。
仕事で忙しかった両親に代わり、子供の頃
何かと面倒をみてくれました。そういう意味では
私はおばあちゃん子だったかもしれません。
その祖母が死ぬ間際に、私ひとりを病室に呼んで、
『かけそば一杯、もりそば一枚のお客を大切にしろよ、
ねぎは良くさらせよ・・・』と言い残して
息をひきとりました。
私は祖母の亡骸を背負って、病室から中庭を歩いて
玄関の霊柩車まで運んだ時、祖母の重さだけでは
ないものを、肩にそして背中にずっしりと感じ、
一生そばの道を歩んで行くんだ・・・と思いました。
『ある、そば屋にて・・・』
K氏 「水そば・・・」
Nさん 「このお水につけて食べるんです」
K氏 「ほう・・・」
Nさん 「おそば本来の味、おそばの表情が
いちばんわかるのがこの水そばだ。
父がそう言ってました」
K氏 「お父さんはそば通なんだね」
Nさん 「X年前に亡くなりましたけど、
白馬の駐在所の巡査をしてました」
K氏 「駐在所・・・」
Nさん 「母の苦労をみてきたんで、
警察官と結婚するのだけは
やめようと・・・でも、気がついたら
自分がその警察官に・・・ア、
すいません。余計なことを」
K氏 「イヤ、父親の跡を継いだわけだから、
お父さんもきっと喜んでるンじゃないか」
Nさん 「せめて制服姿をみてもらいたかったんですけど・・・
(水そばをすするK氏に) どうですか?」
K氏 「ん! たしかにそば本来の味がする・・・
イヤ、いける。イヤイヤ、いけますね」
(ずるずるずるッと音を立てて水そばをすするK氏)
先日、あるドラマの撮影が当店でありました。
水曜ミステリー9「さすらい署長 風間昭平 ⑧」
(あずさ・松本城殺人事件) TV TOKYO
放映日は未定です。(たぶん、秋になるのでは?・・・)