昨年、新そばの収穫の頃、北海道を旅する機会がありました。北海道は国内で、そばの生産量が日本一です。自社でも北海道産のそば粉を使っていることもあり行ってみたい所だったので、旅行の何日も前から大変楽しみにしておりました。
そんな私を見て、友人が「旭川に行くなら、是非行っておいで」と一軒の居酒屋を紹介してくれました。その名は「独酌 三四郎」旭川の繁華街を少し抜け、一つ通りを入ったところに、その店はありました。年代を感じさせる古めかしい民家調の建物で障子戸を開けると、中はまさに北国の居酒屋といった風情です。煙でいぶされた天井、壁は長い年月を経てどっしりと重厚な色をしています。日焼けしていて、ごま塩頭の漁師のような親父さんと和服の似合う女将さん。少し遠慮して、カウンターの一番端に座りました。カウンターの中では使い込まれた小さい丸椅子に親父さんがちょこんと座り火の番をしています。女将さんが焼いている魚の土釜。その土釜は真っ黒に黒光りして、それはそれは懐かしい昔ながらの土釜です。私は子供の頃、お袋の実家にあった土釜を思い出しました。『いまだに使っているんだ』子供の頃の懐かしい記憶が、よみがえるような不思議な気持ちでした。そんな私に気づいたのでしょう。親父さんが、「ここに店を出してから五十年も使っているんだよ・・・」と、ボソッと話しかけてくれました。
私は、その土釜にすっかり心を奪われて、いっぺんでこの店が大好きになりました。ようやく気持ちが落ち着き、手もとにあるお通しを見ると煮大豆が数粒。一つ食べてみて、私は驚きました。存在感のある大豆の味が口いっぱいに広がり、「これぞ素材の味だ!!」と唸りました。 これなのです、私が大切にしていることは!
そば打ち職人を続けて30年。振り返れば長い年月ですが、毎日、本当に毎日、素材に生かされている。どんなに腕があっても素材の力がなければ、うまいものはできないと考えています。だから私は素材を生かし、また同時に私も生かされていると信じています。毎回、そばに向き合うたびに無心になり、そばの声を聞く。そこからお互いに、うまいものを作っていこうじゃないか!と始まるわけです。
この大豆。薄味なのにしっかりと主張があって、私は参りました。親父さんの友人が作っているそうです。手作り豆腐もあるとのことで、それもいただきましたが、何せおなかはいっぱい。(北海道だからと夕食は寿司フルコース。食べ終えるのももどかしく、三四郎目指して飛び出してきたからです)女将さんが「半分にしましょうか?」と、やさしく声をかけてくださり半分の豆腐をいただきました。今でも、全部食べたかったなぁと悔やまれます。 土釜、お通し、豆腐で幸せいっぱいになり、次回は女将さんのお任せコースで一杯やりたいなぁと後ろ髪を引かれる思いで宿に帰りました。帰り際、記念にと思って頂いてきた箸袋。宿に着いて、楽しかった時間を思い出しながら、改めて見ると、そこには、大きく大きく 「原点」 と店主の筆字で書いてありました。
原点・・・胸を突かれました。
私の…私の原点とは何か?箸袋を見つめたまま私は動けず、深く考えさせられました。
人は各々自分の原点を持っています。物を作るという仕事は、自分の作ったものに己のすべてが映し出されることだと思っています。なぜなら、そば一打ち、一打ちに誠にはっきりと自分の心の状態が現れることがあるからです。
「平常心」 常に平穏な心を持ち続けることは職人として第一条件だと思っています。だから、三四郎の「原点」という文字に『ああ、この人も私と同じ考えを持っているのだ』とはっとしたのです。原点とは、そこを出発して、長い人生を歩み、最後に必ず還って来る処です。自分の原点をさがす、もう一つの旅に出てしまった私です。
原作 べん( 大将) 脚色 万里ちゃん 構成(信大生)内田、太田(友人) 大竹
1月23日、私がいつもお世話になっている「レストランバー47」で、10日遅れの誕生会を仲間に祝ってもらいました。といいましてもほぼ毎月それぞれの誕生月を口実に「楽しいお酒を飲みましょう」という会でして・・・、それにしてもこの冬一番の大雪の中、大勢(と言いましても十数人)の奇特な人達が集まってくれました。たまたま用事で松本に来ていた、二十年来の友人でギターリストのTuさんも飛び入り参加してくれ、私に一曲プレゼントしてあげようかと、私のリクエストに応えグランホタという曲を演奏してくれました。(結局アンコールも含め4曲演奏・・・)Tuさんごめんなさい、そして、ありがとう!ToさんやHさんには、私に合ったイメージにフラワーアレンジメントをして頂き、恐縮の行ったり来たりでありがとう!仲間の皆からはおいしいケーキを頂きありがとう!いつも美味しいお酒と料理を出してくれる、47のマスターありがとう!そして、長い間、あるぷすの店と私を支えてきてくれた姉にありがとう!感謝、感謝の誕生会でした。
創業百十四年目で初めてホームページなるものを立ち上げることになりました。つい数年前まで、「携帯電話は持たねえ!パソコンなんざ、いじらねえ!小切手は手書きで書く!手紙は筆字で書く!歌う唄は、時代おくれよ!」と言っていた私が、いつのまにか携帯とパソコンに手を染めるようになっちまって・・・(といっても、携帯はほぼ不携帯!パソコンは教室に通いながら毎日、四苦八苦!)本当にダイジョウビ・・・かな!
べん
私は生まれて今日に至るまで、この地を離れたことがありません。
「そば屋の四代目を、いつの日か継がなくてはならないのかなあ~」と、漠然と思っておりました。若い頃は、「自分には、もっと、違う道があるんじゃないか・・・もっと、可能性があるんじゃないか。」と、あがいておりました。でも。他に能もないので、結局後を継ぐ事になりました。
しかし、年を重ねて五十も半ばを迎え、今では、天職だったかな~と思えるようになりました。もちろん、長い年月の中では、自分の人生、間違っていたんじゃないか?と思うこともありました。
そんな中で出会ったり、お世話になった方から戴いた『シンプル イズ ベスト』『スモール イズ ビューティフル』『ベストワンよりオンリーワン』という、言葉が私の中で心に残り、仕事をしていく上でのキーワードになっております。
その上で、一番大切な『誠意』を忘れずに、毎日そばを作り続けて生きたいと思います。
この狭い店の中で、毎日同じ仕事をしているだけの自分ですが、「いつの日か空の高さ(深さ)を知る日が来ることを、夢に描きながら・・・。」