カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 NYに暮らす長女からLINEで問い合わせがありました。
 「ドヴォルザークの7番とブルックナーの5番、聴きに行こうかと思うんだけど、どっちがおススメ?」
そこで、個人的な印象で二つの交響曲のことを説明し返信したのですが、聴きに行くのはきっとニューヨーク・フィルなのでしょう。
 「イイなぁ~、ニューヨーク・フィルがいつでも聴けるなんて・・・。」
と羨ましくて溜め息が出ました。
もし東京に居れば、別に来日する海外の有名オケに高いチケットを買って行かずとも、安いB席やC席のチケットでも良いので、読響やN響、都響といった国内のメジャーオーケストラを、聴きたい曲目や指揮者、独奏者で選んでいつでも聴きに行くことが出来ます。
しかし都会と地方との“文化格差”は大きく、“楽都”とも云われ田舎の地方都市としては比較的恵まれている松本であっても、なかなか「これは!」という演奏会はそうそうあるものではありません。

・・・という状況の中で聴きたかった演奏会が、12月7日に松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール。地元での通称“音文”)で開催された東京混声合唱団の松本公演でした。
因みに今回の松本公演の指揮者が、当初予定されていた沖澤のどか女史が出産直後ということもあってキャンセルになり、東混のConductor in residenceの水戸博之氏に代わってしまったのが松本市民としてはちょっぴり残念ではありましたが、オメデタ直後では致し方ありません。むしろ出産を控えた中で、良くぞ8月のOMFでSKOを、しかも予定された指揮者の急な降板のためのブラ1&2の代役も含めて振ったと感心するばかりです(どうぞ、お大事に!)
 東京混声合唱団(The Philharmonic Chorus of Tokyo)、略称東混は、1956年に田中信昭氏をはじめとする東京藝術大学声楽科の卒業生20数名によって結成された、日本有数のプロ合唱団です。
今年の9月に96歳で死去された桂冠指揮者の田中信昭氏は、亡くなる直前の8月まで東混の指揮台に立たれ、またこれまで多くのアマチュア合唱団の指導もするなど、我が国の合唱指揮の第一人者であり続けた、まさに合唱界の重鎮でした。
そして、東混といえば既に250曲を超えるという委嘱曲が有名で、その中には合唱曲の定番レパートリーとして、私も高校や大学の学生時代に合唱団で歌った混声合唱組曲で、佐藤眞作曲「蔵王」や「旅」、「大地讃頌」が終曲のカンタータ「土の歌」、そして高田三郎「わたしの願い」や中田喜直「海の構図」など、今でもアマチュア合唱団に歌い継がれる多くの合唱曲もその中に含まれています。
因みに、日本を代表する合唱団として海外公演も何度もしている東混の英語表記がMixed Chorusではなく、ベルリンフィルやNYフィルなどオーケストラに使われるPhilharmonicが用いられているのが少々気になったのですが、Philharmonicには「音楽愛好家」という意味もあるのだそうで、“音楽を専門とする人たちによる合唱団”ということで、結成当時(1956年は私メの産まれた年!)はまだ珍しかったであろうプロの合唱団としての、云わば“設立趣意書”であろうと勝手に理解し納得した次第。
 当日のプログラムは、第一部「オルガンとともに」と題して、最初にパイプオルガンのあるこの音文ホールに相応しくということで、音文のホールオルガニストを務める山田由希子さんがクリスマスに相応しいクロード=ベニーニュ・バルバトルの4つのノエル変奏曲第2番「偉大なる神、汝の慈しみ」という壮麗なオルガン曲で幕開けです。
この日のステージの進行は、東混の事務局長の秋島さんが手慣れた感じで曲目紹介を含め担当されました。因みに、東混の松本への来演を知ったのを切っ掛けに時々見る様になった、YouTubeの「東混日記」。その撮影編集を担当されている村上さんのお姿が見えませんので、残念ながら東混のYouTubeでは今回の公演は取り上げて貰えないかもしれません・・・。
さて、続いて東混の団員がステージに現れての合唱は、クリスマスに相応しい曲をとのことで、そのままオルガン伴奏で、お馴染みの「主よ、人の望みの喜びよ」と「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。そして、ピアノ伴奏も加わって、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から「復活祭の合唱」。
今回の演奏会を「松本公演」と銘打ってある通り、この日の東混は全部で26名とほぼフルメンバーでの来演(コンマスのソプラノ松崎さんは所用か、姿が見えませんでした)。さすがは全員が藝大声楽科を始めとする音大出のメンバーで、オペラのソリストも務められる様なプロの声楽家の皆さんですので、26名の声量はその人数の倍、否三倍以上のアマチュア合唱団のそれに匹敵します。しかし何と言っても一番の魅力は、その声量の豊かさではなく、むしろ最弱音のppp(ピアニッシシモ)です。響きの良いこの音文ホールの天井から、まさにハーモニーが静かに降り注いで来るかの如き美しさ。そして絶対音感をお持ちの筈のプロの方々ですのでむしろ当たり前なのですが、学生時代に合唱をやっていた身からすると、途中からピアノが入って来ても全くピッチがずれていないのに何度も感動してしまいました。

 続いての第二部が「東京混声合唱団が送るシアターピース」として、東混の1973年の委嘱作である柴田南雄の「追分節考」。まさに東混の十八番とも言って良い難曲で、一人一人がプロの声楽家である東混だからこそ歌える曲であり、殆どのアマチュア合唱団では演奏困難です(決して自分たちだけの自己満足ではなく、聴衆にチケット代金を払って聴いて貰える水準として演奏するのは)。
この曲は指揮者がその場で考えて掲げる和声や旋律、歌い手などを示す数字や文字に合わせて即興的に組み合わされていくのですが、男性は馬子としてステージではなく、ホールの中を歩きながら歌いながら歩いて行きます。そしてそこに尺八も馬子と一緒に演奏に加わります。この日もいつも東混の「追分節考」で海外公演含め共演されている尺八演奏家(関一郎氏)だそうです。
その意味では700席という音文はホール全体を響かせられるので、「追分節考」演奏には相応しいホールなのかもしれません。しかも大元の「信濃追分」の舞台である、この信州の地で演奏することに意義があるとのことでした。YouTubeで鑑賞出来る「東混オールスターズ」コンサートでは、ロンドンから音楽監督である“ヤマカズ”こと山田和樹氏がPC経由で指揮をしていましたが、今回初めて生での演奏を聴くことが出来ました。会場の通路を馬子に扮した男性陣が練り歩くかの様に歌うので、恐らく聴衆一人一人の席で聴く歌声の強弱が違うであろうこの曲の、会場で聴く生演奏の面白さと共にプロの合唱団の凄さを改めて実感した次第。
 休憩を挟んで、第三部が「クリスマスから春へ 東京混声合唱団が送る、この時期に聴きたい名曲集」として、讃美歌が二曲、そしてお馴染みのクリスマスソングが二曲、そして「雪のふるまちを」などの愛唱曲に続いて、これも東混の2022年の委嘱作という土田英介「混声合唱、ピアノのための3つの小品」。初演の定演に続いて今回が二度目の演奏ということもあって、客席には作曲者ご本人も来られていました。
また、讃美歌でソロを歌われたのが、山形村生まれで松本蟻ケ崎高校出身というアルトの小林裕美さん。司会の秋島事務局長曰く、彼女にとって子供の頃から慣れ親しんだこの音文での、故郷松本への待ち焦がれた凱旋公演がこの日漸く叶ったとのこと。客席から一際大きな拍手が小林さんのソロに送られました。
安曇野縁の「早春賦」と武満徹編曲で日本古謡の「さくら」。そして、アンコールは武満徹の曲から東混ではお馴染みの「小さな空」と、初めて聴いた谷川俊太郎が作詞したという「MI・YO・TA」という小品。
「小さな空」は東混のYouTubeでも聴くことが出来ますが、アンコールの2曲目で「これが本当に最後です」と言って歌われたこの曲は初めて聴く曲でした。
その「ミヨタ」という“不思議な”題名に惹かれてネットで調べてみました。すると、ミヨタとは信州の軽井沢の隣の御代田町のことだったのです。そこに武満徹氏の山荘があって、そこで氏が何曲も作曲したのだと知りました。
そして更に調べてみると、御代田町のサイトの中に、次の様な記事を見つけました。少し長くなりますが、以下抜粋にて引用させていただきます。
『その曲は武満氏が、作曲家「黛 敏郎」氏のアシスタントをつとめていた時の作品で、悲恋のメロドラマのワンシーンで使用するためのBGMとして書き上げたそうです。
武満氏の生前にこの楽曲が世に出ることはありませんでしたが、彼の葬儀の折、黛氏がその曲について「余りに素晴らしいので映画に使うのが勿体なくて、ひそかに私が使わずにとっておいたものです。私はあらゆる音楽を通じてこれほど哀しい曲を知りません。いうならば哀しみの表現の極致といえるでしょう。」と弔辞で語り、二人しか知らないこのメロディを何度も口ずさみ霊前に捧げました。
そしてのちに、この9小節からなる旋律に谷川俊太郎氏が詞をつけ「MI・YO・TA」を誕生させます。
「MI・YO・TA」は武満氏が20代で作曲をした大人の憂いを感じさせる作品ですが、今、御代田町内で少年少女合唱団が歌い継いでいます。』
知りませんでした。初めて聴いて「イイ曲だなぁ・・・」と感動し、このブログを書くにあたって後日ネットで調べた結果、この日の選曲がわざわざ「松本公演」と掲げたことをふまえたであろう、なかなかの深慮遠謀なるプログラム構成で、「追分節考」や「早春賦」だけではなく、当日のアンコールに選ばれた二曲とも信州に縁があったことを知りました(YouTubeで沼尻竜典介指揮で東混の歌う「MI・YO・TA」を聴くことが出来ます)。

 2曲のアンコールが終わっても鳴り止まない暖かな拍手に、団員の皆さんは手を振りながら袖に下がって行かれました。
 「プロの合唱団て、凄いなぁ・・・。」
そんな感動とアンコールの素敵な曲の余韻とで、とても暖かな気持ちでホールを出ると外は雪で真っ白。松本にしては少し早い雪ですが、クリスマスに因んだこの日の演奏会をまるで歓迎するかの様で、雪さえもこの日は少し暖かく感じました。

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