カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 9月23日、キッセイ文化ホール(県松本文化会館、略して“県文”)で、『まつぶん浮世絵寄席 春風亭一朝・一蔵親子会』があり、聴きに行って来ました。
以前の春風亭雛菊さんが凱旋出演したいつもの二つ目の「まつぶん新人寄席」の時に今回の開催を知り、一朝師匠は今まで一度も生で聴いたことが無かったので、その場でチケットを購入していました。
今回は演じられるネタが二席ということもあってか通常でも2500円というリーズナブルな価格設定なのですが、今回も「まつぶん新人寄席」と同様、有難いことに65歳以上はシルバー料金として更に1500円(学生も同額です)と割り引かれており、本当に有難い限りです。また、購入したのが早かったので、席はやや下手の通路側の最前列の席です。

 今回は「浮世絵寄席」と銘打ってある通り、浮世絵に描かれた江戸時代の実在の人物を題材にした落語のネタをそれぞれ師匠が演ずるという趣向。そのため、既に一朝師匠が芝居ネタの「中村仲蔵」、一蔵師匠が相撲ネタの「阿武松」をいずれも本寸法で演じられると事前にネタ出しされています。
会場は、今回も中ホールで、階段状の席は使わず、フロアのパイプ椅子だけですが、さすがは春風亭一門の大御所一朝師匠と弟子の若手実力派一蔵師匠の登場ということもああって、私の様なシルバー世代主体ではありますが、お客さんで一杯でした。

 最初に、ネタの元となった歌舞伎役者の中村仲蔵と第6代横綱となった阿武松緑之助の浮世絵をプロジェクターで舞台に投射しながら、師匠お二人を交えてのトークショーがありました。お二人は、それぞれこの日のネタを、一朝師匠は大師匠の故林家彦六から、一蔵師匠は鈴々舎馬るこ師匠からそれぞれアゲてもらったそうです。
余談ですが一蔵師匠が大柄なせいもありますが、一朝師匠は思いの外小柄でビックリしました。でも木久扇師匠張りに、大師匠(師匠は彦六の弟子故
柳朝)である彦六の声色をそっくりに真似られて会場を沸かせてくれました。
 幕が上がっての開口一番は、11月にはめでたく二ツ目昇進が決まったという、一之輔師匠の四番弟子春風亭貫いちさんで、古典落語の「熊の皮」。尻に敷かれっぱなしの八百屋の亭主甚兵衛の滑稽噺で、初めて聴くネタでしたが、声も大きくちゃんと出ていて、声が通るというのは先ずは前座として一番大事なことでしょう。
 続いての一蔵師匠。2022年9月下席より8代目柳亭小燕枝、10代目入船亭扇橋と共に真打に昇進とありますので、まだ真打になって丸二年ですが、多少高座での言い回しが落語よりも講談風で、些か大仰で鼻につく感も無きにしも非ずなのですが、でも朗々としていて旨い。また決して一本調子では無く、抑える時はちゃんと抑えてメリハリも効いています。一蔵師匠は現在43歳で、入門前にトラック運転手などもやっていて入門が遅かったということもあってか、堂々としていて大柄で押し出しも良く、真打まだ丸二年とは思えません。
因みに、一蔵師匠と一緒に真打昇進となった8代目柳亭小燕枝、10代目入船亭扇橋のお二人は、それぞれ二ツ目の市弥、小辰時代に一緒に「まつぶん新人寄席」で来られていました(第1177話)が、この三人は同時昇進二年目でいずれも活きの良い実力派真打です。ここで、お仲入りが15分。

 後半は、春風亭一朝師匠がトリで「中村仲蔵」。
一朝師匠は生粋の江戸っ子で、故春風亭柳朝に弟子入りし、柳朝から「女中に来たんじゃねぇんだから掃除何てやらせねぇ。ウチにも来なくてイイ。その代わり稽古をしろ!」。普通弟子入りすると、前座時代にさせられる師匠の身の回りの世話や掃除などの家事などを一切させなかったのだそうです。それで一朝師匠も亡き柳朝師匠を踏襲し、今や真打の弟子6人を抱える大所帯となった一門の弟子たちにも一切そうした家事などをさせず、落語の稽古に励ませたとか。しかし、自分だけが教えると自分の“小型”を作るだけだからと、色んな師匠に頼んで弟子たちに稽古をつけてもらったのだそうです。
また師匠は前座だった時に、寄席で出囃子を上手く吹きたくて笛を習い始め、その笛の師匠から「あなたは残りなさい」と引き留められて名取にもなり、二ツ目時代には歌舞伎座、新橋演舞場などで歌舞伎の笛を務め「落語家やめませんか」と言われたこともあったという笛の名手だそうです。この日のトークショーでも紹介されてご自身では謙遜されていましたが、師匠は千住で生まれ、大工など職人の言葉を耳にして育った江戸っ子ですが、歌舞伎の笛を勤めていた時に名優の台詞回しなどを近くで体感したことも、ご自身の江戸前落語に生きているそうです。そして今では大河ドラマなどで、江戸言葉の指導もされているのだとか。
 そんな芸が生きる、芝居噺の「中村仲蔵」。
漸く名代となった歌舞伎役者の中村仲蔵が、歌舞伎の人気演目「仮名手本忠臣蔵」が取り上げられた中で貰ったのが5幕目の端役である斧定九郎の一役のみ。それは「仮名手本忠臣蔵」一番の見せ場である4幕目の「判官切腹の場」が終わり、一斉に観客が我慢していた飲食をすることから、それまでは弁当幕といわれた5幕目の端役でした。中村仲蔵は自らの工夫で演じ、今の歌舞伎の定九郎の役の型を作り上げていく物語。因みに昨年8月の「松本落語会」で古今亭菊之丞師匠が判官切腹の場面の「淀五郎」を演じられましたが、淀五郎が悩んで相談に行くのがその時には既に名人になっていた中村仲蔵でした。
この「中村仲蔵」は一朝師匠の大師匠である故林家彦六が得意としたネタであり、最後のサゲもその彦六師匠から直接アゲてもらった通りに終わりました。

 この日の様に事前にネタ出しで「中村仲蔵」と指定して演じるなら、彦六からの口移しという一朝師匠が一番相応しい噺家であり、しかも歌舞伎にも精通しておられる正調江戸落語の実力者ですので、さすがはベテランとしての風格も感じられ、一朝師匠の小柄な体格がお弟子さんの一蔵師匠に負けぬ程大きく見えた高座でした。