カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
全国のお城は、“白鷺城”と呼ばれる姫路城に代表される白漆喰で塗られた白いお城と、別名“烏城”の岡山城や熊本城の様に、漆喰保護が目的の下見板張を黒く塗った豊臣系に多いとされる黒いお城に分かれますが、その“黒いお城”の中で、唯一松本城だけが築城当時から今でも黒漆が塗られているお城で、しかも毎年秋に塗り直されているのだそうです。
『松本城では、天守の塗装部分の塗り替え工事を実施します。
この工事は、松本城の保全を目的として、漆の塗装と乾燥に適したこの時期に毎年実施しています。昭和41年から毎年実施しているものです。
工事期間中は、月見櫓への入場制限や外壁への足場の設置、塗装部分を保護するために天守の一部を白いシートで覆う期間もございますので、あらかじめご了承ください。
工事内容:松本城天守下見板・月見櫓欄干の漆部分の塗り替え 』
何年か前、“城郭ライター”萩原さちこ女史の松本城に関する講演会で、「松本の皆さんは誇りに思うべきです」と強調されていたのが、この黒漆でした。そして「是非知っていてください」と更に強調していたのが、漆塗りを長年善意で支えて来られた地元の漆職人の方のエピソードでした。
以下、萩原さんの書かれた文章から、その関係する箇所を拝借させていただくと、
『地元の漆職人の碇屋公章さん。昭和の解体修理の際、先代の碇屋儀一さんが請負ったものの、材料費を考えれば儲けはなく、どちらかというと善意での参画だったようです。
儀一さんはひとりですべての壁面を塗り直した後、なんとその後の約10年間は自腹で修復をしていたそう。前述のように、漆は1年も経てば傷みが目立ちはじめます。日々傷みを増し汚れていく松本城天守群の姿を、儀一さんは職人として放っておけなかったようです。
全国唯一の漆黒の天守は、職人の心意気と誇りによって伝統となり、日本の宝となった歴史があります。』
その碇屋公章さんという漆職人さんが営まれているのが、市内の天神に在る「碇屋漆器店」。因みに「いかりや」と読みます。
信州の凍てつく冬に向けて、今年も9月から10月末に掛けて、先ず月見櫓が白いシートで覆われ、赤い欄干の漆塗りに始まり五層六階の大天守や乾小天守まで、複合連結式天守閣の松本城全体の黒漆の塗り替え工事がスタートしました。
そして松本平にアルプス颪(おろし)が吹き始める11月には、まさに文字通り漆黒の輝きを増した松本城が今年も見られる筈です。