カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
日々 “育児”に奮闘する次女の気分転換を兼ねて、暇な我々年寄り夫婦の方が横浜に出向き、元町駅で次女と孫娘と待ち合わせ。
コロナ禍で3年ぶりの制限無しのGW中の外出とあって、元町駅には列車が着く度にたくさんのお客さんがホームから改札へ上がって来ます。しかも、若い子たちが多いのに驚きます。どうやら、中華街方面へ向かう人が多そうですが、我々は一歳半の孫娘をベビーカーに乗せて、歩いてすぐの山下公園へ。
それらを愛でながら、快晴の青空の下。広い芝生の上で小さい子を連れた家族連れやワンコを連れた方々など、皆さん思い思いに潮風に吹かれながら山下公園を楽しんでいました。“山国”の人間にとっては「海はイイなぁ・・・」。(但しそれは飽くまで「見るのは」であって、地に足のつかぬ海で、“板子一枚”船に「乗る」のも「泳ぐ」のも“山の民”は怖いのです)
さて、山下公園と云えば・・・、年寄り的には、氷川丸とマリンタワーでしょうか。みなとみらいもすぐそこですし、客船ターミナルの大桟橋には、残念ながらこの日は大型客船の停泊はありませんでしたが、GW中には5月6日のクイーン・エリザベス(3代目)、翌7日には日本で建造された“あの”ダイヤモンド・プリンセスと、日本発着のクルーズでは最大級という17万tのMSCベリッシマ、そして日本船籍の飛鳥Ⅱとにっぽん丸の4隻が同時着岸とのこと。いやぁ、乗り物好きとしては見てみたかったですね。
ワンコ連れOKのクルーズってないのでしょうか、ね。最近の大型フェリーの中には、ペットと一緒に泊まれる客室を備えた航路も出始めていますが・・・。
余談ながら、これからの観光業(飲食業も含め)のターゲットは、インバウンドは別とすると、シルバーエイジとペット連れだとずっと思っているのですが、その割には“町ぐるみ”の軽井沢を除くと、住んでいる松本を含めどこに行ってもペット連れにまだまだ決して優しくない・・・と感じています。
この日の女性陣のお目当ては、「ホテルニューグランド」のコーヒー・ラウンジ「ザ・カフェ」でのランチの由。
事前の予約枠が満杯だったとのことで、当日枠で食べられるようにと、到着後真っ先にホテルに直行してウェイティングリストに記入し、凡その可能時間を確認した上で山下公園に来ていました。
念のため少し早めにホテルに戻ると、その「ザ・カフェ」の前には既に20組以上のお客さんがウェイティング中。今からだと2時間近く待つかもしれないと受付で説明されていて、我々は早めに受付しておいて大正解でした。実際予定時刻より15分早く戻ったのですが、既に一度呼ばれていたらしく、すぐに席を用意していただいて席に着くことが出来ました。
“みなと横浜”を代表する歴史的なホテル「ニューグランド」。H/P的に紹介すると、
『この横浜・山下町に位置する「ホテルニューグランド」は、1927年に開業した正統派クラシックホテルで、海外との窓口として歩んできたホテルには異国情緒溢れる雰囲気が漂います。
名物料理と言えば「シーフード ドリア」「スパゲッティ ナポリタン」「プリン・ア・ラ・モード」など誰もが知っているメニュー。これらは全て「ホテルニューグランド」発祥のメニュー!
これらは全て「ホテルニューグランド」のコーヒーハウス「ザ・カフェ」で提供されています。』
先ずは、シーフードドリア。これは、
『初代総料理長を務めたサリー・ワイルが考案した料理です。サリー・ワイルは、メニューに「コック長はメニュー外のいかなる料理にもご用命に応じます」と記し、お客様の要望に合わせて様々な料理を作って提供していました。ある時、滞在していた銀行家から、「体調が良くないので、何かのど越しの良いものを」という要望を受け、即興で創作した一皿をお出ししました。その時作ったのは、バターライスに海老のクリーム煮を乗せ、グラタンソースにチーズをかけてオーブンで焼いたもの。好評だったこの料理は、"Shrimp Doria"(海老と御飯の混合)として、レギュラーメニューになり、ホテルニューグランドの名物料理の一つになりました。』
続いて、今や日本中の喫茶店のメニューの定番となっている、スパゲッティのナポリタン。こちらは、
『2代目総料理長 入江茂忠が、接収時代、茹でたスパゲッティに塩、胡椒、トマトケチャップを和えた物を米兵が食べているのを知り、アレンジを加えて生み出した一品。終戦後、1945年8月30日に到着した連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーによって米軍による占領が開始され、以降1952年までの間、ホテルニューグランドはGHQ将校の宿舎として接収されました。戦後厚木に降り立ったマッカーサーが最初に宿泊したのもこのニューグランド。GHQの彼らの持ち込んだ軍用保存食の中にスパゲッティとトマトケチャップがあり、米兵たちは茹でたスパゲッティに塩・胡椒で味付けをし、トマトケチャップで和えた物をよく食べていたそうです。接収解除後、ホテルには彼らが持ち込んだ大量のスパゲッティが残されていたことから、戦後2代目の総料理長を担った入江茂忠は「ホテルで提供するに相応しいスパゲッティ料理を作ろう」と、苦心の改良を重ねました。もともと、当ホテルでは、初代総料理長サリー・ワイルより受け継いだカルーソー(仔牛の細切り肉とトマトベースのデミグラスに合わせた料理)やボロネーゼなどのスパゲッティ料理があり、入江は新たなメニューとして、トマト本来の味わいを生かしたホテルならではの料理を提供しようと、ニンニクと玉葱の微塵切りを飴色になるまでよく炒め、生のトマト、水煮のトマト、トマトペーストを加え、ローリエとオリーブオイルを入れてソースを作り、スパゲッティと合わせ、この料理を「スパゲッティ ナポリタン」としてお客様へお出ししたのです。』
そして最後、プリン・ア・ラモードはアメリカ人将校夫人たちを喜ばせたいと、当時のパティシエが考案した一品だとか。
余談ですが、そんな歴史を知って思い出したのは、終戦後GHQの高官として占領中の日本に駐在したアーレイ・バーク提督の逸話でした。
彼は駆逐艦艦長としてソロモン海戦を始め太平洋戦争を生き抜いた猛将で、海戦で多くの親友や部下を失ったために、公式の場でも日本人を“Jap”や“Yellow Monkey”と罵る程の大の日本人嫌い。終戦後、GHQの高官として、氏はこのニューグランドでは無く帝国ホテルに滞在していたそうですが、滞在中の花瓶に活けた一輪の花をきっかけとなって、同じくソロモン海戦で駆逐艦艦長だったご主人が艦と共に沈み戦死されたという戦争未亡人のメイドの方との交流を通じ、やがて大の親日家に変わっていき、我が国の独立回復をGHQの立場から本国政府に進言し続けるなど、戦後の日本復興に貢献したという有名なエピソード。
ホテルニューグランド発祥のメニューの歴史を読みながら、有名無名かを問わず、きっとこのニューグランドでもそうした数え切れない程の交流があったのだろうと勝手に思いを巡らせていました。
閑話休題。彼女たちのオーダーは、娘がシーフードドリア(3162円)、家内は海老フライのタルタルソース(3036円)で、それぞれスープ、コーヒー/紅茶、パン/ライスのAセット(1898円)を付けて。私メは、4月27日~5月31日の期間限定という「大人のお子様ランチ」(4807円)をチョイスです。
お子様メニューもあるとのことでしたが、孫娘は用意してあった離乳食で構わないとのことでした。
先ずは全員パンとこの日のスープ、ジャガイモのポタージュから。
「大人のお子様ランチ」は先述したこのホテル発祥のシーフードドリアとナポリタンにハンバーグステーキを加え、デザートにア・ラ・モードではありませんがプリンが付く、キャッチフレーズ“大人だって食べたいお子様ランチ”です。
オリジナルのナポリタンは酸味が効いた、今やどこでも食べられる“普通”のナポリタンでしたが、ドリアは実に優しい味付けで、これは美味しい!娘も絶賛していました。
しかし、個々の味そのものよりも、むしろGHQが駐在していたこのホテルで、戦後間もない日本を感じながら我が国の“洋食の歴史”も味わう・・・そんな話のネタにもなるそれぞれのメニューでしょうか。
家内のチョイスした海老フライも、大ぶりな車エビのエビフライがプリプリだったとのこと。どれもさすがでした。デザートはセットメニューにレモンケーキ。奥さまがプリンも食べられましたが、固めで昔懐かしいいプリンで美味しかったそうです。
せっかくだったので、本当ならもう少しゆっくりと雰囲気も楽しみたかったのですが、私の背中側に座っていた女性が、孫娘が時々声を上げたりすると、キッと睨むのだとか。あちらにすればせっかくのニューグランドでのランチを独り静かに楽しみたいと思われたのでしょう。そこで我々は、食べ終わってから早々に席を立ちました。
某県庁所在地の公園で遊ぶ子供たちへの“上級住民”からの騒音クレームではありませんが、確かに大声で騒いでも全く注意もしない無責任な親もいますし、また外を見たい子供を電車の座席に靴も脱がせずに土足で立たせている無神経な親などを見ると私も一言注意をしたくなりますが、電車や買い物での赤ちゃん連れの若いママさんたちへの心無い批判や非難を、娘からもですが色々見聞きするにつけ、実際は子育てで大変な思いをして常に周囲にも気を使っているお母さんの方が圧倒的に多いのです。
少子化対策を制度論で議論する前に、子供たちは未来のこの国を背負っていく“国の宝”ですから、子育てに寛容で優しい社会でありたいと思います。そしてそれは決して甘やかすのではなく、私たちが子供の頃は当たり前のように他人の子供であってもきちんと叱るべき時には叱ることも含め、昔の様に地域の皆で子供たちを見守り育ててくれた、多少は“お節介な”そんな社会であるべきだと思います。
マンションにも小さな子供たちがたくさんいますので、決して“小煩い老人クレーマー”と勘違いされぬよう、先ずは身近な実践から・・・(家内からは「嫌がられるから、絶対にやめた方がイイ!」と言われるのですが)。
新婚時代に見栄を張って、一度この「ホテルニューグランド」に泊まったことがあったのですが、家内曰く、その時はまだこうした“一流ホテル”には慣れていなくて何となく落ち着けなかったとのこと。
そんな田舎のジジババは、今回は次女と孫のお陰で、ミナトヨコハマの“赤い靴”の山下公園とホテルニューグランドでのGWのひと時をゆったりと楽しむことが出来ました。