カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
クリスマスと年末年始を婿殿と一緒に過ごすために、渡米した長女。
「“一富士二鷹・・・”で、どうぞ良いことがありますように!」
コロナ禍故、米国入国時も日本帰国時も陰性証明が求められます。更に、米国からの帰国者は、全員が指定される宿泊施設での隔離措置が6日間。その間の検査で陰性であれば隔離施設からは出られますが、更にその後も入国後から数えて計二週間まで自宅での隔離が求められていました。
彼女はビジネスクラスだったからか、幸いにも一番近い空港直結の新設ホテルで隔離。その間の検査も問題無かったため、隔離期間明けは自宅隔離で過ごすために、車で空港まで迎えに行きました。
解放される午後2時過ぎという時間に合わせ、昼過ぎには早めに空港に到着し、そこで昼食を摂って待つことにしました。
平日だったこともありますが、それ程の渋滞も無く、無事に羽田空港に到着。国際線ターミナルに直結する駐車場に車を停め、国際線ターミナルの出発ロビー上の4階にある江戸小路へ向かいます。
国際線ターミナル3階の出発ロビー。出発便の掲示ボードは、欠航の表示ばかりが目立ちます。昼過ぎという時間帯もあるかもしれませんが、チェックインカウンターも殆どクローズで人も少なく、次女が働いていた頃の或る種の華やかさにも似た喧噪も無く、全く以て淋しい限りでした。
それは、レストランやショップが立ち並ぶ4階の江戸小路も同様で、閉まっている店の方が多く、お目当てだった「つるとんたん」も閉店していました。止む無く開いていた店に入りましたが、半分ほど埋まったテーブルも旅行客ではなく、その殆どは航空会社の制服を着た空港スタッフの方々でした。
一体、こうした非常事態はいつまで続くのでしょうか?次女が働いていた頃の、あの賑やかな風景はいつ戻って来るのでしょうか?
もしかすると、コロナ禍で一番様変わりしたのがこの場所なのかもしれないと思いながら、娘がお世話になっていた職場である国際線出発ロビーの余りの寂しさに、何だか涙が出て来そうでした。
【追記】
自宅隔離中はどこへも出られず、リモートワークで仕事をしていた長女。その後、政府が14日間の隔離期間を10日に短縮したこともあり、親としてはむしろ長くいてくれた方が良かったのですが、役員としての責任もあって、隔離明けの翌日には慌ただしく東京に戻って行ってしまいました。勿論、今回の渡米に際し、帰国後も健康面で何も体調に問題が無かったのが何よりでしたが・・・。
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