カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 我々の週末朝の松本街角ウォーキングは、自宅から往路約4㎞のコースで最終ゴール地点は深志神社です。
深志神社は、昔、松本が舞台だった人気ドラマ「白線流し」(注)のロケ地(確かキャストの一人が、この神社の息子の設定)にもなって、今で云うドラマの“聖地巡礼”の場所の一つとしても人気でしたが、今は往時の様に訪ねて来る観光客の方は殆ど見られません。

 深志神社の社伝に依ると、
『宮村宮(宮村大明神)が信濃国府中の井川城に居館した小笠原貞宗公により、その丑寅(北東)にあたる、長沢川の北端、捧荘庄内郷宮村の地に、諏訪明神の霊夢を受けて南面に社殿が造営され、祀られたのは南北朝時代初め暦応2年(1339)9月9日でした。
その後、永正元年(1504)小笠原氏は、深志城(のちの松本城)を築いて移るに及んで産土神と崇敬し、社殿を西面に直し、城の巽(南西)の鎮護神とされました。
一方、天満宮は、小笠原貞基公が応永9年(1402)、居館である井川館近くの鎌田の地に京都・北野天満宮より勧請されていましたが、のち江戸時代の慶長19年(1614)6月25日(菅公の御誕生日)、後裔である小笠原秀政公が、宮村明神の北側にさらに勧請され、並び祀られました。
そののち、両宮は「宮村両社・宮村大明神・宮村神社・宮村天満宮・深志天神」などと称され、お城と城下町の鎮護の神社として歴代城主により篤く敬われました。そして正式な社名を、天保12年(1841)に京都・神祇道管領長上吉田家の認可を受け、「深志神社」と定めました。』
とのこと。
そのため、深志神社の神紋は諏訪神社系の梶の葉紋と、天神様の梅鉢紋の二つで、拝殿上の幟などにその二つの神紋が染められています。
 本来は戦いの神でもある建御名方命の方が主祭神でしょうが、境内には御柱も建っていませんし、諏訪神社などと呼ばれるのを今まで一度も聞いたことはありません。
我々松本市民にとっては学業の神様である天満宮の方が有名で、深志神社よりむしろ天神様と呼ばれています。そのため、松本市民のお宮参りや七五三では、子供の健やかな(親の願いとして、出来れば賢く)成長を願って四柱神社よりもこちらの深志神社に来ることが多いですし(父が四柱神社の地区総代をしていた我が家も同様でした)、受験シーズンになると、合格祈願の多くの参拝客で賑わいます。
深志神社は江戸時代に松本藩累代藩主の崇敬を受け、松本城下の女鳥羽川の南側を占める商人町の総氏神様になっていて、今でも7月の天神祭りには各町の舞台16台が街中を練り歩きます。
 ウォーキングでは、松本城公園を通って四柱神社から深志神社まで歩くのですが、お参りの前にそれぞれの手水舎で手と口を清めます。
コロナ対策で、どこも手水舎の柄杓は撤去されている(拝殿の鈴を鳴らす際の紐である鈴緒も撤去されていて、今は鳴らしたつもりの“エアスズ”しか出来ません)ので手柄杓を使って清めるしかないのですが、四柱神社は普通の水道水だと思いますが、深志神社の手水舎の水は水道水にしてはとても冷たくて水量も多いのです。
そこで、たまたま先日お参りに伺った時に、境内の清掃をされていた禰宜さんに伺うと、やはり水道水ではなく湧水とのこと。
深志神社の拝殿の裏の方に湧水があって、境内の手水舎や手洗い場の水は全てその湧水を引いて来ているのだそうです。また定期的に水質検査もしており、飲んでも問題無いとのこと。近くの喫茶店の中には、実際にこの湧水を使ってコーヒーを淹れている店もあるのだとか。
 環境省の「平成の名水百選」に選ばれている「まつもと城下町湧水群」。一日の湧水量は280トンだそうです。「当国一の名水」と云われ藩主が庇護したという源池の井戸を始め、現在松本市が管理する湧水や井戸だけでも20あるそうですが、他にも例えば江戸時代からの造り酒屋である善哉酒造の「女鳥羽の泉」など、私有の湧水や個人のお宅の井戸など他にも幾つもあり、ブラタモリでは「江戸時代には松本城下にその数300」と紹介されていましたが、どうやら深志神社もその中の一つの様です。複合扇状地である湧水の恵みに感謝しつつ、この日もお参りをさせて頂きました。
【注記】
ドラマ「白線流し」は松本の高校生たちの成長を描いたドラマで、スピッツの歌う主題歌が印象的でした。因みに、卒業式後の「白線流し」は飛騨高山の高校の伝統行事であり、松本市内の県立高校は皆私服ですし、制服のある市内の私立高校(「白線」を流した薄川沿いに在って、木造校舎が使われた松商学園も)にも残念ながらそうした習慣はありません。
まだ放送される前のロケだったのでしょう。
上高地線の電車が発着する松本駅の8番線ホームは、確かヒロインが高校通学に使った設定だったと記憶しています。
当時は古い駅舎の小さな改札だった松本駅の西口(今は建て替えられて、新しい駅舎の「アルプス口」となって立派になりました)から出てすぐの所に、当時通勤で諏訪までのJRの電車に乗り換えるために借りていた私営の駐車場があり、そこへ行く途中、夜の8時過ぎだったでしょうか、ホームへの階段下に腰を下ろしていた制服姿の高校生の一団がいて、見慣れぬセーラー服の制服で「松本にもこんな可愛い高校生が居るのか!?」とビックリするくらい垢抜けて可愛い子たちだったのですが、後で分かったのは、それが「白線流し」のロケで、まだ放映前のヒロインたちでした。