カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
NHKの朝ドラ「エール」。
10月12日からの第18週は「戦場の歌」と題して、主人公が慰問団の一員でミャンマーに行き、「インパール作戦」真っただ中の前線で再開する恩師の戦死する場面と、死を覚悟する恩師から託された手紙を遺族に届ける場面。そして、もう一人の主人公である妻の豊橋の実家の空襲の場面を経て、終戦を迎えたところまでが描かれました。
主人公の実在のモデルが、作曲家として戦時中は多くの軍歌などを実際に手掛けていたことから、戦時中のエピソードを描くことは必然だったとはいえ、場合によってはナレーションだけで済ませ、前線での悲惨な戦闘場面を描くことは避けられたかもしれません。しかも朝ドラは放送されるのは、ある意味一日が始まる“朝げ”の時間か、心と体を一休みさせる“ひるげ”の時間帯なのですから、むしろ避けて当然という意見もあっただろうと思います。もしかすると、軍歌そのものも流すことにさえ批判もあるかもしれません。
しかし、戦争賛美かどうかの批判の前に、戦争後それまで白かったモノが突然黒になり、或いはタブー視されて触れることすら忌み嫌われることの不条理。
時間が無いとはいえ、小学校から高校まで、古代は学んでも、近代は殆ど教えられた記憶が無い。憲法9条がなぜ生まれたのか、その背景や、現状との課題や是非を議論した記憶が無い・・・etc.
事実は事実としてきちんと認識議論し、その上で反省すべきは反省することの重要さを、我々は敢えて避けて来たのではないか?
海外に赴任をすると、自分の国に愛着を持って自国を愛することは至極当然だと感じる様になります。
それまで、飛行機に乗れば洋食をオーダーしていた人も、赴任すれば和食を頼むことが当たり前と感じる様になります。そして、日本にいる時は飲まなかった味噌汁が無性に飲みたくなるのです。
自分の国を愛することに、右も左も無い。
軍の横暴さ。慰問団の一員である火野葦平のモデルを通して、「前線は地獄だ。兵隊を大事にしない日本軍に勝ち目はない」と言い捨てさせている様に、精神論だけで戦ったインパール作戦・・・。
そして、その結果が太平洋戦争で2百数十万ともいえる戦死者を数え、しかもその6割は餓死だったという残酷さ。
コロナ禍により、2か月以上にも及ぶ中断に見舞われたり、主人公が実際に作曲したとはいえ、朝から軍歌が流れたり、悲惨な戦闘場面が挿入されるなど朝ドラとしては異例ともいえる展開。ある意味主人公の幸せを描いたタイトルバックも主題歌も無かった一週間・・・。
それにしても、硬軟取り混ぜて演じる窪田正孝と二階堂ふみの演技力、また更には脇を固める薬師丸ひろ子や堀内敬子等の迫真の演技。
「みんな、上手いなぁ!」
最後に、空襲で焦土と化した焼け野原で、薬師丸ひろ子の歌った讃美歌(注)。それまで描かれてきた戦争の悲惨さ、残酷さ、やるせなさなど全てがないまぜになった虚無感の中で、ノン・ビブラートの澄み切った彼女の声質が実に相応しく、それはまるで“廃墟の鳩”の如き一筋の光の様で、何とも心洗われた気がしました。
【注記】
クリスチャンの友人から教えてもらった内容によると、讃美歌496番「うるわしの白百合」。原題は“Beautiful Lilies, white as the snow”だそうです。
そして、特に米国において、“白百合”は「イースター・リリー」として復活祭(イースター:イエスが十字架につけられたあと3日目に蘇ったことを祝うお祭り)を象徴する花とのこと。
『讃美歌496番です。アメリカで生まれた賛美歌でありながら、ほとんど日本でしか歌われないものです。
1954年に編纂されたプロテスタントの賛美歌集で、原曲の大半が英語のもので、19世紀アメリカの影響を強く受けています。1997年にその後継として「讃美歌21」が登場してからは、この「讃美歌」を使っている教会もだんだんと少なくなってきています。』
『年配のクリスチャンには大変人気のある歌ですが、残念ながら現在礼拝で使われる讃美歌21に入っていないので、「知る人ぞ知る」になってきているようです。』
とのことでした。