カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
トレーニングを兼ねてまたどこかに登りたいという奥さまのご希望に応えて、選んだ先は美ヶ原です。
美ヶ原は、松本地区の小学校5年生での初めての学校登山の行き先(と言っても往路はバス)でもあり、市民にとって親しみのある高原(東の美ヶ原から、今や、西は槍穂高そして乗鞍までが松本市内)です。
美ヶ原では、個人的には(松本市民としては?)深田久弥よりも信州ゆかりの尾崎喜八の方にむしろ馴染があります。先ずは、以前もご紹介した、尾崎喜八作『高原詩抄』に収められた「松本の春の朝」第6編(昭和17年刊行)。
『 車庫の前にずらりならんだ朝のバス、
だが入山辺行きの一番はまだ出ない。
若い女車掌が車内を掃いたり、
そうかと思えば運転手が、
広場で新聞を立読みしながら、
体操のような事をやってみたり。
夜明けに一雨あったらしく、
空気は気持ちよく湿っている。
山にかこまれた静かな町と清らかな田園、
岩燕が囀(さえず)り、れんげそうの咲く朝を、
そこらじゅうから春まだ寒い雪の尖峰が顔を出す。
日本のグリンデンヴァルト、信州松本。
凛とした美しい女車掌が運転台の錫(すず)の筒へ、
紫と珊瑚いろ、
きりたてのヒヤシンスを活けて去る。 』
美ヶ原への登山口のある、入山辺「三城牧場」へのバスを待つ松本駅前。春の美ヶ原へ登ったであろう、松本の早朝の情景を詠んだ詩です。
我々は、夏のお盆も過ぎた週末の日曜日。天気も良さそうだったので、美ヶ原への登山口、その入山辺地区三城にある「三城いこいの広場」の無料駐車場に朝8時過ぎに車を停め、尾崎喜八も登った百曲りコースから美ヶ原を目指しました。
途中、県外からの夏休みの家族連れで賑わう三城のオートキャンプ場を過ぎると、沢沿いのうっそうとした森の中の登山道を進みます。北八程ではありませんが、苔むした岩もあり、涼しげな沢の清流の音を聞きながら、マイナスイオンを浴びて30分ほどで広小場に到着。少し休憩し、行動食を食べ水分も補給。
すると、あろうことか一匹の蝶が家内の足元に来て止まりました。亜高山帯に住むというキベリタテハです。ベージュの縁取りがされた黒い羽根に、縦に瑠璃色の筋が入ります。幸先良く、何かイイことがあるのかも?・・・。
ここ広小場から本格的な登山道の“百曲り”が始まります。「百曲り園地」まで90分が標準タイム。ネットで事前に調べると、“百曲り”は実際ジグザグ48回とか。
百曲りに入ると、安山岩の一種である鉄平石の板状節理で剥がれた石がゴロゴロと敷かれていて、些か歩きづらい急坂がずっと上まで続いています。今朝の三城の駐車場には県外車も含め何台か停車していたのですが、この日は都会の夏休み終盤の日曜日にも拘わらず、百曲りの登山道では一人も登山者には会いませんでした。
園地に近付くと木々も低くなり、東山の山並みが望めるようになります。木々が無くなって、岩の広場の様な場所が「百曲り園地」。急いだつもりはありませんが、広小場から60分で到着しました。ここで少し休憩し水分補給した上で、アルプス展望コースを通って王ヶ鼻へ向かいます。このコースは近年になって新しく整備されたそうですので、尾崎喜八が登った時には無かった道。
彼は百曲りを登り切って園地に到着し、「塩くれ場」に向かったのでしょうが、百曲りを越えれば、後はアップダウンも無い平坦な高原が拡がりますので、目の前に拡がる広大な高原に「登りついて不意に開けた眼前の風景に、暫くは世界の天井が抜けたかと思う」と記した喜八の気持ちが良く分かります。
アルプス展望コースはその名の通り景色の良いコースで、その台地の縁を行くために多少のアップダウンもあって、広々とした牧場を歩くよりも高山植物を愛でながら登山(トレッキング)気分が味わえます。この日のアルプスの峰々には、少し雲が掛かっています。
途中、烏帽子岩など幾つかの“展望台”で松本平方面の絶景を楽しみながら、王ヶ頭の下を通って王ヶ鼻へ。コースの途中で、我々よりも年配の男性お二人に道を譲ると、
「本当は、我々が道を譲らないといけないんですけど・・・ネ!」
と、お二人は県の環境レンジャー(正式名称は「自然保護レンジャー」。県内の国立公園や国定公園で、県の任命を受けて、利用者への呼び掛けや注意などの自然保護活動をボランティアで行なっているそうです)で、お礼にと高山植物の写ったカードをくださいました。
ついでにお聞きすると、このコースから王ヶ頭へ上る急坂の途中のお花畑がお薦めとのこと。帰路も、他のダテ河原や八丁ダルミよりも、百曲りコースを下った方が変化があって面白いだろうとのことでした。
お礼を言って先に王ヶ鼻を目指します。その前に、我が家から見える二本の塔へ行くと、それはTV塔ではなくNTTの電波塔でした。
そこからすぐの王ヶ鼻2008m。幸い雲が切れて、眼前に穂高連峰から槍ヶ岳と常念までの北アルプスが見えました。大町から先は少し雲も掛かっていて、この前登った唐松岳は見ることが出来ませんでした。また眼下には松本平が拡がります。こうして見ると、松本の市街地も広いなぁ・・・と感激。この日も母がデイサービスで行っている「岡田の里」や豊科の「県立子供病院」の赤い屋根も見え、
「そうすると、あの辺りが我が家かなぁ・・・?」
この場所が美ヶ原一番のビューポイントで、山頂の少し広くなった岩場の上には20人程の登山者やハイカーの方々が休んでおられ、我々もここで昼食を食べながら、北アルプスと松本平の絶景に暫し感動。こんな身近な所(ビーナスラインを車で来れば、松本から1時間足らず)にこんな絶景があったなんて・・・。でも、見る景色は車で来ても変わらずとも、多分今味わっているこの感動は三城から自分の足で登山道を歩いて来たからこそ・・・なのかもしれません。
休憩後、王ヶ頭に向かいます。