カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
江戸時代の名所図会で“当国一の名水“と謳われたという「源智の井戸」。
周囲を山に囲まれて、女鳥羽川と薄川の造った複合扇状地である松本の旧市街は伏流水が豊富(逆に、伏流水が湧水として湧き出る標高580m辺りに先人が居を構え、やがて町が形成されたとも言えます)で、市内の「まつもと城下町湧水群」は「平成の名水百選」にも選ばれている謂わば“湧水の街”。その代表格がこの「源智の井戸」で、今でも毎分230リットルの水が湧き出ているそうです。市内の造り酒屋では、この水を使って仕込む酒蔵が幾つもあったとか(廃業や郊外への移転で、今では後述の“女鳥羽の泉”で仕込む「善哉酒造」が残るのみ)。
松本城を築城した石川氏の時に、既にこの井戸を保護する旨(「不浄禁止」)の命令(制札)が出されており、その後の歴代藩主も大切に保護し、市の特別史跡に指定された今でも、地元町会の有志の方々が毎朝(!)清掃を担当されるなどして大切に守られています。
人形店が立ち並ぶため“人形町”とも呼ばれる高砂通り。落語会が開かれる瑞松寺のすぐ横にその井戸はあり、ご近所の方々などが思い思いに水を汲んで行かれます。八角系の井戸で、水の出る口も八つありますが、多い時は順番待ちが出来る程で、市内で一番人気の湧水です。市外の遠方からも、この水を目当てに来られる方もあるとか。
この水が流れ込む路地の近くの水路には、清流を証明するかのように(誰かが植えたのか?)ナント山葵が二株生えていました。
早朝7時くらいだったので誰もおらず、持参した2リットルのペットボトルは、注ぎ口から勢い良く流れ出る水で、あっという間に一杯になりました。
大事に持ち帰り(2ℓのボトルを下げて3㎞歩くのは結構キツイ)、早速ドリップ。我が家のコーヒー豆はモカですが、飲んだ印象は、スッキリとした味になり、いつもの水道水に比べて雑味が無いこと。松本の水道水は決して不味くはない(むしろ美味しい)と思いますが、
「あっ、水でこんなに違うんだ・・・」と、ちょっとした感動でした。
そう言えば、中町の「蔵しっく館」にも井戸があり、近所の喫茶店の方がドリップ用のポットに井戸水を汲んで行かれていましたが、それも納得。水で結構コーヒーの味が変わります。ある意味、違いが想像以上で、目からウロコの発見でした(水道水の消毒に使うカルキ臭が無いだけでも、美味しく感じるそうです)。
そこで思い出したのが、以前ご紹介したエッセイストの平松洋子女史の「水の味」(以下、第497話より一部引用)。
『・・・煮る、さらす、浸す、茹でるといった水を中心とした調理法で、微妙な味わいで素材を引き立たせる日本料理は、京都の軟水だからこそ進化した」という件(くだり)でした。その逆で、フランス料理は硬水だからこそソースがミネラルと結合することでしっかりと主張し、切れが出るのだとか。シチューのようにコトコトと煮込む欧州の料理も硬水だからこそ、なのだそうです。また、我国でも関西の軟水と江戸の硬水の違いにより、お米の炊き具合が全く違うのだとか。その結果、硬水で炊くために米が“粒立つ”江戸では、一粒一粒がくっ付かず、空気を含めてフワっとなるからこそ握り寿司が発達し、一方の軟水の関西では米粒が融合し交じり合うことから棒寿司(箱寿司/押寿司)が発達したのだ・・・。』
では、「源智の井戸」の水質は?と気になって調べてみました。
すると、ちゃんと井戸の掲示板に、市が県薬剤師会に依頼(H27.7.30採水)した、今年度の水質検査の結果報告書が貼ってあり(薬剤師会のHPにも掲載されています)、「源智の井戸」は「硬度140」だそうです(ネット上には「硬度113」と記載した別の記事もあり)。
国ごと、また規格によって必ずしも分類が統一されていないようですが、一般的には硬度100以下が軟水。300以上が硬水。その間を中硬水と呼ぶという基準に従うと、「源智の井戸」は中硬水となります。ところが、すぐ近くにある酒蔵の「女鳥羽の泉」は軟水とのこと(因みに、諏訪地域の酒蔵で使われる霧ケ峰の伏流水も軟水。硬水の代表格は灘。新潟も軟水だそうですが、「天狗舞」は中硬水とか)。
この狭いエリアでも、水源によって水脈が違い、その水質は異なるようです。因みに我が国の生活水の80%は軟水とか。逆に石灰質の地層の欧州(大陸)は硬水。一般的に、硬度は炭酸カルシウム(CaCO3)の濃度で表されますが、旨味はそれだけでは無いようです。一口にミネラルウォーターと言っても、例えば“南アルプスの天然水”は軟水(硬度30)で、エビアンは硬水(硬度304)。昔から飲みなれた軟水の方が、日本では好まれるそうです(お腹にも優しい)。硬度を示すカルシウムとマグネシウム以外に、カリウムとナトリウムもミネラル分とされています。
また、緑茶は軟水の方が旨味が出て、紅茶は硬水の方が香りが立つとか。そして、コーヒーは、同じ豆でも軟水の方がマイルドで、硬水の方が苦味が引き立つとのこと。要するに、硬度を示すCaCO3の数値だけでは水の旨さは表せないということでしょうか。
一般的に言えば、煮物などの和食用には、「源智の井戸」は中硬水で余り向かないということになりますが、果たしてどうなのでしょうか?
要するに、“自分に合った水を、自分の舌で探す”しかないようです。その意味で、「源智の井戸」はミネラル分が豊富で、さすがに当国(信濃)一と言われただけの美味しい水でした。
名水百選“まつもと城下町湧水群”の中でも、その歴史や湧水量からも「源智の井戸」が一番人気ですが、市内500m圏内という狭いエリアに、他に幾つも水を汲める湧水や井戸があるので(例えば酒蔵の湧水も一般に開放されています)、自分の味覚に合った「水」を探してみるのも面白いかもしれません(市の水質検査の結果、飲料水として薦められない井戸には、その旨の注意書きがあります)。
その後も、専らコーヒーのドリップ用ですが、週末定期的に「源智の井戸」に水をいただきに行っています。