カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
奥さまが買い物を終えてショップから出て来られたので、「八ヶ岳倶楽部」の駐車場へ行こうとしたら、通路脇の植え込みの山野草に大きな黒いアゲハチョウがとまっていました。
写真を撮ろうと携帯を取り出すと、ヒラヒラと舞って違う場所に。結局撮影することは出来ませんでした。それは、“カラスの濡れ羽色”の様な、真っ黒な大きな羽に青い筋が縦に入ったアゲハチョウ。多分カラスアゲハかミヤマカラスアゲハでしょう。久し振りに大きなアゲハを見た気がします。
奥さまが、
「あっ、オオムラサキだ!」
「違うズラ。カラスアゲハだってばヨ!」
図鑑知識だけの文学少女で、外で遊んだことの無い人と、子供の頃、昆虫網を持って野山を駆け回った人間と、一緒にされたくありません。昔は、アルプス公園(子供の頃は県の種畜場で、牧場が拡がっていました)で、ヤマキチョウなどの亜高山帯のチョウも見掛けられたので、夏休みの昆虫採集などで良く走り回ったものです(殆ど人は居ませんでした)。
でも、そんな奥さまですが、ジバチ採りは諏訪での子供の頃に(誰かに付いて行っただけでしょうが)行ったことがあるとか・・・。
「あら、ハチノコって美味しいわよ」
と、(普段の虫大嫌い人間で、小さなクモが出ただけで「ぎゃー!」という悲鳴を発せられる方が)平然と仰るのですから、“人は見掛けによらぬもの”です。
自慢ではありませんが、私メは甲虫類は好きでも、ふにゃふにゃした軟体動物は好きではないので、子供の頃、カラタチやサンショウの木にアゲハチョウの幼虫が居るのが分っても、またオガクズや切株などの中にカブトムシの幼虫を見つけても、採取して虫かごで育てるという気にはなりませんでした。ましてや、ハチノコなんぞ・・・。
それに、子供の頃、毎日の様に公民館の広場での三角ベース(分る人居ますかね?)に興じても、松本では(少なくとも私の周辺や学校では)ジバチ採りの話題は一度として出たことはありませんでした。亡くなった父や母方の伯父からは、子供の頃(戦前です)に良くジバチ採りをしたと聞いたことがあります(“海無し県”の信州では、昔はイナゴ同様に貴重なタンパク源でした)。
“スガレ追い”を題材にした映画が昔ありましたが、舞台は確か伊那谷だったような・・・。天竜川のザザムシ文化に代表される南信地区ですので、文学少女までがハチノコを身近に感じる諏訪は恐るべし・・・でしょうか。
「絶対に、オオムラサキじゃない!ってば」
(証拠写真が無く、掲載したのは蝶が飛び立った後の「八ヶ岳倶楽部」に咲いていた山野草です)
小淵沢へ下る八ヶ岳高原ラインの道沿いには、白い花が咲くシシウドや赤いワレモコウ、そしてススキも穂を出し始めていて、高原は早くも夏から秋への衣替えのようです。
ナルホド、場所によっては「ゴロベース」と呼ばれていたんですね。
でも、どうしてだったのでしょうね。近所の仲間だけで、人数が少なくても遊べるからか、当時貧しくてバットやグローブが無くても、野球らしきミニゲームを楽しむためか。
そのボールも、軟球や“ゴムまり”ではなく、「松本てまり」の様な布で出来た「糸まり」で、近所の雑貨屋で売っていました。懐かしいですね(昭和30年代、“三丁目の夕日”世代です)。
今年は、秋が早そうですね。
コメント追加
ホームと1塁2塁の3角で構成する草野球のことですか?
「ゴロ」のネーミングは芝生の上を球を転がすことに由来していますが・・
向ってくる球を親指を折り曲げて、手のひらを地面に水平にして打つ。
すり傷の絶えない少年時代でした。
追伸
アルプス公園でも、少し色づく葉を見つけた9/1の朝でした。