カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 クラブツーリズム「伊勢神宮・出雲大社・安芸の宮島と瀬戸内海ワンナイトクルーズ」二泊三日の旅、一日目。

 出雲縁結び空港へ到着し、ツアーバスに乗り換えて出雲大社へ向かいます。
(途中、「荒神谷遺跡」への案内板がありました。加茂岩倉遺跡と共に一度行って見たいものです。古代史好きにとって、古代出雲は正に垂涎の地であり、“聖地”でもあります)

 天に聳えるような大きな宮殿を建てることを条件に、ヤマトに「国譲り」をされた大国主命を祀る出雲大社(因みに、国譲りに独り反対して、使者の建御雷神との力比べに負けた次男の建御名方命は、科野の諏訪まで逃れ、諏訪の地から出ないことを条件にヤマトから許されて、土着の洩矢神を配下に治め、ミシャクジ信仰と融合して諏訪大社に祀られます)。
この出雲大社は、最古の神社様式と云われる大社造りで、社としては日本で一番の高さ24m(8丈)の御本殿を中心とした壮大なお社です。2013年に60年に一度という遷宮(平成の大遷宮)を終えられたばかり。
 出雲国造(千家)家に伝わる「金輪造営図」という絵図面や言い伝え(平安時代の「出雲大社は、45mの東大寺大仏殿よりも高い」この国で一番高い建物)通りに、実際に直径1.4mという巨大な3本を束ねた柱が2000年に発見・発掘され、高さ16丈(48m)という巨大建築だったことが証明されました。確か大林組が柱発見前に作成したという48mの巨大神殿の建設プロジェクト(建設可能性を検証)を含めて報道され、当時大きな話題となりました。お社が立つ地は、海岸から程近い平地が急に屏風のようにそそり立つ八雲山と亀山(正面から仰ぎ見る峰の一つは、キレイな三角形で古代ピラミッドを彷彿とさせます)を背後にして、荘厳且つ神秘的な雰囲気を漂わせています。高さ48mという巨大な社を、古代は海からも良く望めたであろうこの地は、正に「ここしかない」と思える程、古代出雲の象徴に相応しい場所と感じられます。
 今回のツアーでは、日本一という大注連縄が飾られた神楽殿での正式参拝(昇殿参拝)。清掛けと呼ばれる白い布を首に掛け、神楽殿の中に入り、ご祈祷、巫女舞を受けた後、希望者が誰もおられず、たまたま(奥さまの)ツアー申し込みが一番だったということで、私メがご指名を受け、代表しての玉串奉納でお守りを授与され、最後にお神酒を頂いて参拝終了。祈祷の中でも名前が読み上げられ良い記念になりました。因みに出雲大社は、ニ拝四拍手一拝と、拍手(かしわで)を4回打つ独特の参拝です。
その後、通常は板垣に囲われた御内殿の楼門の所から本殿に参拝するのですが、正式参拝者のみ神官に先導されて楼門横から中に入り、本殿に参拝することが出来ました(本殿の建物内部には皇族の方と雖も入ることは出来ません)。その後、内殿の西側に行って、出雲大社だけは正面ではなく西に向かれているという祭神に正対して拝礼し一旦解散。
 解散後、門前通りで私メは五段、家内は三段重ねの割子に出汁(そばつゆ)を掛けて食べる名物出雲そばで昼食。殻も一緒に挽く所謂田舎蕎麦で、食感は七三でしょうか。因みにこの出雲そばは、松江藩主として松本から移封された松平直政(家康の孫で松本城の月見櫓を造営)が、その際に松本から蕎麦職人を一緒に連れて行ったのがその始まり(とガイドさんは説明されずに、チト残念)で、信州戸隠、盛岡わんこと共に、日本三大そばに数えられています(店にも依ると思いますが、観光客相手の店だったのか、個人的にはイマイチで、本家松本の方が旨い!・・・かな?)。
その後、集合時間までもう一度大社に戻り、お守りを買ったり、写真を撮ったり、また五つの鳥居をくぐって参道の松並木を歩いてみました(駐車場からは参道を通らずに参拝)。なお、神楽殿横に立っている、畳75枚分という日本一大きな日の丸が掲げられた国旗掲揚台は、古代の本殿より高くならぬように47mとのことでした。
また、出雲国造家(千家氏。天皇家を除く日本最古の家系であり、現在第84代)が大社宮司として社殿横に居を構えられ、高円宮家から典子さまが嫁がれて話題となりました(因みに、千家氏に次ぐのは諏訪大社の守矢氏・・・以上、NHK「新日本風土記」からの知識)。
 その後、バスは松江市の八重垣神社へ。
“八雲立つ 出雲八重垣妻込みに 八重垣作るこの八重垣を”で知られる(この日本最初の和歌と云われる歌により、出雲の枕詞が八雲立つになった)通り、大国主命の父上である須佐之男命がヤマタノオロチを退治して結ばれた櫛名田姫命と新宮を作って住まわれた場所とか。神社そのものはそれ程大きな社ではありませんでしたが、境内に隣接する鏡の池は、社務所で購入した薄い半紙の真ん中にコイン(100円か10円)を置いて池に浮かべ、沈めば無事縁が結ばれるという良縁占いで若い女性に人気の場所とか。周囲を巨木で囲まれたその小さな池は、確かに神秘さを漂わせたパワースポットでありました。
 そして今宵の宿、松江市街とは宍道湖を挟んで対岸にある、玉造温泉に向かいました。古代勾玉の原石である瑪瑙(めのう)を産する花仙山の麓にあり、枕草子に“三名泉”として謳われるなど、古代から知られた温泉に一泊。夜は、古代出雲の懐に抱かれて、いつしか出雲神話の夢の中、でありました。
玉造では、美肌の湯とされる温泉にも朝晩二度入りましたし、夕は独特のモズク鍋、朝は宍道湖名物のシジミの味噌汁も堪能して、決して派手さはありませんが、落ち着きある山陰の名湯を満喫出来ました。