カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
ビッコミオリジナルに連載中の尾瀬あきら氏描く傑作「どうらく息子」に感化され、二年前に初めて聴いた生落語がまつもと市民芸術館での「歌丸・圓楽二人会」。歌丸師匠が演じられたのは、「どうらく息子」でも描かれた「紺屋高尾」でした。
なかなか、地方ではそうした機会が限られますが、時々本やクラシックのCDを借りる、旧開智学校に隣接する松本中央図書館(他に市内には10の分館あり)のCDコーナーの中に落語のコレクションもあって、今までは気にもしなかったのですが、「どうらく息子」以降落語に興味が出て来たので、たまたま見てみると、嬉しいことにそれぞれ人情噺の名作と言われる「芝浜」と「文七元結」が一枚のCDでセットになっていました。そこで、クラシックのCDと一緒に初めて落語を借りてみました。
調べてみると、三代目桂三木助は自身博打にのめり込んだ放蕩生活の中で、好きになった女性と結婚するための条件として落語に精進し、自らの人生を重ねて練り直した「芝浜」を演じたことで“芝浜の三木助”と呼ばれたのだとか。
また“名人”五代目古今亭志ん生は、金原亭馬生(十代目)と志ん朝の父であり、池波志乃の祖父。
「どうらく息子」では、「芝浜」をやはりその時の自分の境遇に重ね合わせて夢六が演じ、また自分の大事なチケットを見ず知らずの老夫婦に譲ろうとした翔太を偶然見掛けた銅楽師匠の女将さんが、「寄席にいる“若い長兵衛さん”に聞かせてあげたいから」というリクエストに応えて「文七元結」を銅楽が演じています(この噺を聴いて、翔太は銅楽への弟子入りを決意します)。
夢六の「芝浜」では、魚屋の勝五郎が芝の浜で拾ったのは52両でしたが、三木助の噺では82両。また志ん生の「文七元結」では、左官の長兵衛が娘お久を身請けする吉原の「佐野槌」の女将から年末に借りる50両をその年のお盆までに返すことになっていましたが、銅楽は一年後の大晦日まで。また、いくら腕の良い左官職人であっても貯めるには一年でも短過ぎるとの解釈で、返却期間を2年とする噺家もいるのだとか。
「絵」の無い音だけの世界なので、やはり演者(の表情)が見えないのはちょっと淋しいですね。それぞれ、まったりとした語り口にほのぼのとした情緒が感じられます。
その後も、(借りたいクラシックのCDが思いつかないせいもありますが)古典落語のCDを何枚か借りて、帰路の車の中でクラシックの代わりに落語を聴いていますが、なかなか乙な感じでイイんですね、これが。クラシック音楽同様に何だかリラックス出来て、意外とお薦めです。
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