カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 以前ご紹介した「槍ヶ岳に沈む夕日」(第856話)を送ってくれたKさんが、その際に、撮影ポイントの近くにあったからと一緒に送ってくれた、薄川の金華橋付近にあるという万葉歌碑の写真。考えてみると、これ、ちょっとおかしい・・・というか、“変”ではないでしょうか。

 彫られている歌は、万葉集の中でも恋の歌として知られる東歌(巻14)。
 『信濃なる ちくまの川のさざれ石も 君し踏みては 玉と拾わむ』
(信濃の国の ちくまの川の小石でさえ、あなたが踏んだ石ならば、宝玉と思って拾いましょう)
 問題は、この歌碑で「ちくま」を「筑摩」としていること。と言うのも、千曲市(上山田)に万葉公園があって、こちらにも同じ万碑があり、そちらは「千曲」となっています。
しかもこちらは、万葉学者として有名だった故犬養孝先生(阪大名誉教授。昔TVで万葉の和歌に節を付けて浪々と詠んでおられたお爺ちゃん)が訪れ、直筆の万葉仮名で揮ごうされた歌碑が立っているそうです(東歌に詠まれた千曲川が上山田とは必ずしも断定出来ないでしょうが、東日本最大級の森将軍塚古墳も坂城にあるので、小県の上田だけではなく、埴科や更科も古くから大和と関係した土地ではありますね)。
万葉集でも、恋の歌として有名なこの東歌は、万葉仮名では「信濃奈流 知具麻能河泊能・・・」で、確かに「ちくま」と読ませますが、どう考えても千曲川ではないでしょうか。むしろその方が自然だと思います。
と言うのも、筑摩は本来「つかま」であり、日本書紀には「束間」と書かれていて、行宮(天皇の別荘)が置かれるなど、大和朝廷との関わりは古く、天武天皇は束間への遷都まで計画し、調査させたそうです(崩御により中止)。また、筑摩神社や筑摩小学校は、今でも地元では皆「つかま」と古くからの読み方のまま(滋賀県にも筑摩=「つくま」という地名あるそうです)。
「ちくま」と読むようになるのは、明治維新での廃藩置県で「筑摩県」が出来た時、「つかま」とは一般的には読まれにくいので、「ちくま」と読ませたというのが通説です。
奈良時代に完成を見る律令制では、上田の小県(チイサガタ=アガタと言うだけに、科野国における最初のヤマト政権の勢力範囲として、出先機関が置かれた地域であることが想像されます)の郡などと一緒に、筑摩の郡(つかまのこおり)と記載されているので、途中から束間は筑摩と書かれるようにもなっているようです(一時、更科付近まで筑摩の郡に属していたこともあり、一説には千曲に筑摩を当てていた可能性もあるらしいとのこと。但し、その場合も今の千曲川を指す)。
信濃の国府は、後に小県(上田)から筑摩(国府跡は未だ発見されていないが、国司が祭祀をし易いように、国中の神様を一ヶ所に集めて国府の役所近くに祭った総社に通ずることから、松本の惣社付近と推定される)に移りました(但し、国分寺や国分尼寺は小県のまま)が、万葉歌碑まで勝手に持って来るのは如何なものか・・・(第一、天下に聞こえた千曲川とその支流犀川のまた支流である薄川では、詠み手としても枕にはしづらい筈です)。
「いくら松本が好きでも、この歌に筑摩を当てて、無理矢理松本へ持って来ちゃダメでしょ!」
もし犬養先生が生きておられたら、何と仰るか・・・。ちょっと、解釈が強引過ぎるのではないでしょうか?

 どんな経緯で建立されたものかは知りませんが、仮に、どうしても万葉歌碑が松本にも欲しいのなら、同じ東歌(巻14)の中に、
 『信濃なる 須賀の荒野に ほととぎす 鳴く声聞けば 時過ぎにけり』
(信濃の国の 須賀の荒れ野に鳴く ホトトギスの声を聞くと もう時が過ぎ去ったと思うものだ)
という歌があり、この須賀(万葉仮名では芋我と表記)の場所も諸説あるそうですが、平安時代にまとめられた「和名(類聚)抄」では、「筑摩の郡の芋賀の郷」として、「梓川と楢井川(奈良井川)の間の荒野」とあって、松本市の西南エリアが有力視されているようで(他には、下伊那郡下条村の菅野、塩尻市宗賀、上田菅平という説もあり、下条村には万葉歌碑があるとのこと)、実際に松本市内には菅野や新村付近に蘇我という地籍もあることから、むしろこの東歌の歌碑の方が、塩尻を含めた松本平にあっても不思議ではないと思われます。

 何も、無理して万葉歌を持ち出さずとも、歌碑の解説にもある通り、筑摩(つかま)の里には行宮が置かれ、天武天皇が遷都まで計画した程に、ここ松本が古くから開けた魅力的な地であったことだけで十分ではないでしょうか?

 松本をこよなく愛する市民の一人として、そんな歌碑があったとは知りませんでしたし、そんな個人的感想を持ちました。

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