カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>
祥伝社文庫から文庫本書き下ろしとして発刊された最近ブームの時代小説、野口卓著『軍鶏侍』と軍鶏侍シリーズ第二巻の『獺祭』(だっさい)。
著者の野口氏は、長年脚本家や雑誌の編集人を務めてきたのだとか。ここで、第三巻となる『飛翔』も発刊され、早速購入しました。
ジャンルとしては“剣豪小説”なのでしょうが、むしろ登場する人物描写が実にイイ。また藤沢周平の北の海坂(うなさか)藩を彷彿とさせるような、南の園瀬藩という架空の藩の風景描写も素晴らしい。
主人公の軍鶏侍こと岩倉源太夫もさることながら、後添となる「みつ」や、第一巻の第3話に登場する「多恵」など、武家の婦女子らしい胆力ある言動に惚れ惚れします(これも、例えば藤沢周平の『秘剣馬の骨』に登場する「杉江」のエピローグでの活躍が思い浮かびます)。また下男の権助が、何やら謎めいていますが、実に味わい深い人物です。
藤沢周平の北の海坂藩(氏の出身地の庄内藩がモデルというのは良く知られたところ)に対し、同じく架空の園瀬藩は“江戸から150里離れた水と緑豊かな南国の小藩”という設定。
最初は和歌山辺りを想像したのですが、御三家近くに設定する筈もなく、江戸から源太夫を尋ねる旅の描写(第二巻第4話)に難波から海路との記述があり、「豊かな水と緑」という記述から、何となく徳島辺りを連想していましたが、それもその筈。読み終えてブックカバーを外したところ、著者は徳島出身とのことでした(実際に吉野川水系に園瀬川という河川がありました。但し、小説中に登場する藩内を流れる川は花房川と名付けられています)。
その北国と南国の違いのせいかどうか、藤沢周平の小説は、名作「蝉しぐれ」に代表されるように北国の凛とした静謐感に溢れ、読後には人間の哀しみの中にも清々しさが漂いますが、一方野口卓氏の小説は、南国らしく人間への暖かさ、ほのぼのとしながらもある種の人間のペーソスも感じられます。