カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 6月12日まで、松本市美術館で特別展『マイセン磁器の300年』展が開催されていました。
 これは、サントリー美術館を皮切りに全国4ヶ所を回る巡回展で、その中でこの松本で開催されるなど異例のこと。音楽はともかく、美術に関しては県内でも不毛地帯であった松本も、松本市美術館が出来てから時々こうした魅力的な展覧会が開かれるようになって、市民としては大変ありがたいことです。
数ヶ月前、日経新聞の文化面で紹介があり、その中で東京の後の巡回先に松本が載っていて、驚き且つ楽しみにしていた美術展でした。

 そこで、今回も期間中何回か週末に行なわれる、美術館の学芸員の方による解説を聞きながら展示品を鑑賞するという-“ギャラリートーク”に合わせて、週末の農作業で期間終盤になってしまいましたが、漸く出掛けることが出来ました。
こうした試みは素人にとってはとてもありがたく、しかもこれが無料(入館料のみ)なんですね。
午後二時からのギャラリートークには、会社の後輩も奥様と来られていてご挨拶。全体で30人を超える方々が集まっていました。前回の「出光美術館特別展」の時よりも盛況です。県内はもとより、中には県外から来られたという方もいらっしゃいました。他のお客さまの邪魔にならぬよう、学芸員の方のお話をイヤフォンで聞ける無線の小型レシーバーを各自装着してスタートです。

 17世紀。中国や日本から東インド会社を通じてもたらされる磁器の収集癖(その数2万数千点だったとか)が嵩じて、時のザクセン選定候であったアウグスト1世が、当時の化学者とも言える錬金術師のベットガーをマイセンにあった城に幽閉し、1709年、遂に領内で発見された土を使って西欧で初めて磁器を生み出し、その後絵師のヘロルトが独自に16色の色絵技法を開発したことにより、柿右衛門様式などの写しが作られるようになったという解説に始まり、ドイツ国立マイセン美術館が所蔵する中からの150点(有田柿右衛門様式の壷と、それをそっくり写したマイセンの壷という2点の出光美術館からの特別出品を含む)を超える実際の展示品を見ながら1時間ほど掛けて解説を伺いました。
その後で改めてじっくりともう一度最初から、現代のマイセンに至るまでの300年に亘る展示品を鑑賞しました。

 マイセンの磁器は、殆ど全て70万点にも及ぶ型が保存されていて、今でも300年前と全く同じ形の磁器を焼くことができるのだそうです。
またマイセンのマークで有名なX字にクロスする剣はザクセン選定候の王家の紋章から採ったのだそうです。
アウグスト1世の死去後、シノワズリから次第にロココやアール・ヌーヴォーなどの影響を受けてマイセンも西洋的な独自の絵付けに変化していく様が手に取るように分かります。
そしてセルヴィスと呼ばれる食器セットは、王侯貴族がパーティーで大勢の招待客をもてなすために作られ、産業革命後市民階級が台頭する中で、カップ&ソーサーとして一脚ずつ何年も掛けて揃えていくという楽しみが西欧全体に拡がったのだそうです。
面白かったのは、今やマイセンを象徴する玉葱文様(ブルーオニオン)が、景徳鎮や有田の絵模様にある桃や石榴を知らずに、玉葱だと勘違いして描いたのがキッカケだとか。

 展示を見終わった最後に、「余談ですが」という前置きで、今回の大地震があって開催が危ぶまれたそうですが(ちょうどサントリー美術館の展示が終わり、松本への移送の準備中だったそうです)、国立マイセン美術館からは「こんな時だからこそ、日本の方々に是非楽しんでもらいたい」と、展示継続の意思が示されたと伺いました(原発にはひと際敏感なドイツですのに、マイセン美術館の温情に感謝です。実際幾つもの美術展が、原発事故による日本への貸し出し中止により取止めを余儀なくされました)。
その配慮に応えるべく、もし大きな余震があっても万が一のことが無いようにと、6台しか免震構造の展示ケースの無い松本市美術館に、サントリー美術館やこの後巡回する兵庫陶芸美術館、大阪市東洋陶磁美術館から免震の展示ケースを必要数無償でお借りすることが出来たのだそうです。
こんなところにも震災の影響が出ていたことを知りました。
      
 普段は知りえない、そんな美術界の舞台裏のお話も伺って特別展を後にしました。今回は目と耳で、マイセンを十二分に堪能することができました。
良い目の保養になりました。
隣で、「あぁ、マイセンが欲しくなっちゃったな・・・」とブツブツ独り言が聞こえます。ここは“見ざる、聞かざる”で・・・と。
【追記】
草間弥生作品を常設展示する松本市美術館らしく、玄関ホール脇の赤い水玉模様のカボチャのオブジェと、ピロティーに面する通路に置かれた、草間弥生“文様”の自販機とゴミ箱。最上段の水玉模様のコーラは非売品とのこと。遊び心だなぁ・・・。因みに市内には同じカラーリング(草間弥生ご本人のデザイン)が施された観光スポット巡りのバス“タウンスニーカー”が、“蔵の街”を通る美術館経由の路線を走っています。

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