カネヤマ果樹園 雑記帳<三代目のブログ>

 信州ゆかりの詩人尾崎喜八(出身は東京)の詩集『高原詩抄』(昭和17年刊行)の中に、第6編「松本の春の朝」という詩を見つけました。
 昭和17年ですので、今から70年近くも前の詩であり、街の佇まいや行き交う人々の様子はすっかり変わってしまっても、「春の松本」の印象は今とさほど変わっていないように思えましたので紹介させていただきます(漢字や仮名遣いは現代風に改めました)。
因みに尾崎喜八は「美ヶ原」を詠んだ詩が有名で、「美しの塔」にその詩が刻まれており、その名作といわれる詩、「美ガ原溶岩台地」も同じ詩集『高原詩抄』(第47編)に収められています。
 きっと、この「松本の春の朝」も「入山辺(イリヤマベ)行きのバス」とあることから、彼が愛した美ヶ原へ登るために(登山口の三城牧場まで)出発する朝の松本駅前(私の子供の頃は、古びた駅舎横にバスターミナルがありました)の様子なのでしょう。「れんげそうの咲く」とありますので、代掻きの田起こしの前、4月下旬から5月上旬のちょうど今頃。松本の春の様子が見事に切り取られています。

「松本の春の朝」  尾崎喜八作 『高原詩抄』より 第6編(昭和17年刊行)

    車庫の前にずらりならんだ朝のバス、
    だが入山辺行きの一番はまだ出ない。
    若い女車掌が車内を掃いたり、
    そうかと思えば運転手が、
    広場で新聞を立読みしながら、
    体操のような事をやってみたり。

    夜明けに一雨あったらしく、
    空気は気持ちよく湿っている。
    山にかこまれた静かな町と清らかな田園、
    岩燕が囀(さえず)り、れんげそうの咲く朝を、
    そこらじゅうから春まだ寒い雪の尖峰が顔を出す。
    日本のグリンデンヴァルト、信州松本。

    凛とした美しい女車掌が運転台の錫(すず)の筒へ、
    紫と珊瑚いろ、 
    きりたてのヒヤシンスを活けて去る。

注記:グリンデンワルトは、スイスの、北壁で有名なアイガーの麓の街。
因みに松本市(元々は合併した旧安曇村)も姉妹都市の一つ。
写真は朝ならぬ夕刻の松本駅から見た夕映えに染まる「尖峰」の様子です。

 

 日本のグリンデンワルトかは、地元の人間として面映い気がしますが、一方で  “そこら中から雪の尖峰が顔を出す”と言うのは、四方を山に囲まれた松本を言い得て妙に思います。

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