2011/11/01 20:56

【感染症と人の戦い】
国立感染症研究所情報センター長・岡部信彦
2011.11.1 03:11 産経ニュース

 ■重症化を防ぐワクチン

 江戸時代に悪性の風邪が流行し「お七かぜ」と呼ばれたものは、インフルエンザであろうと考えられる。大正以降でも「スペインかぜ」「香港かぜ」などと呼ばれたインフルエンザは、一見、風邪のような軽い病気にみられてしまう。確かに軽いインフルエンザと重めの風邪は区別がつきにくいが、典型的なインフルエンザの症状は、高熱、手や足腰の痛み、だるい、などつらい。ほとんどの人は何もしないで寝込んでいれば回復するが、このつらさから逃れるために抗インフルエンザ薬や症状を和らげる薬を使う。

 インフルエンザは、毎シーズン、国民の5~15%がかかる。多くの人がかかれば、肺炎や脱水症、持病の悪化など重症になる人も多くなり、シーズンによっては数万人がインフルエンザが原因で亡くなる。高齢者はかかりにくいが、かかったときの重症化の危険率は高い。小児はかかりやすいので患者数は増え、そうなると割合はまれだが急性脳症などの合併症も数百人は現れてしまう。このため、WHO(世界保健機関)は幅広いインフルエンザワクチンの接種をすすめている。

 ワクチンといえば、はしかやポリオのワクチンのように接種によって感染症の流行をほぼ抑えることができるものもあるが、残念ながらインフルエンザに関してはワクチン接種で流行が収まった試しはない。「それなら接種してもしようがない」と思うかもしれないが、それは早計というものである。インフルエンザワクチンは発症予防ではなく、重症化予防が主な目的なのだ。

 ワクチンは来るべきそのシーズンに流行すると考えられるウイルス株を用いて毎年製造される。インフルエンザウイルスはA型、B型、C型に大別され、このうち現在のワクチンに入っているのは、A型株のH1N1(パンデミック=世界的な流行)とH3N2(香港)とB型株の計3種類。このH1N1は2年前に発生し、当時「新型インフル」と騒がれた株が用いられている。それまで流行していたH1N1(ソ連)は目下消え去っている。どのウイルス株をワクチンに使うかは、日本で流行しているウイルスの状況とWHOが推奨したものを参考に国立感染症研究所で議論され、これをもとに厚生労働省が5~6月ごろに決める。

 実は今シーズンのワクチンは昨シーズンと3種類とも同じ株が使われている。昨シーズンに予防接種をした人の中には、「同じワクチンなら去年やったから今年はいいや」と思う人もいるだろうが、インフルエンザワクチンの免疫効果は5~6カ月程度で低下する人が少なからずいる。そのためもあって、毎年シーズン前のワクチン接種がすすめられている。同様に、昨シーズンにかかった人は「免疫がばっちりついたからもう必要ない」と思うかもしれないが、これも間違い。1シーズンで3種類のインフルエンザウイルスに感染する人は普通はいないからだ。

 本格的な冬を前に、定期接種の対象となっている65歳以上の方はもちろん、インフルエンザにかかりたくない、かからせたくない人に、ワクチン接種はすすめられる。100%もの発病阻止はできないが、感染の機会を減らし、重症化を防ぐ効果は期待できるのだから。(おかべ のぶひこ)