ポリオ、新型ワクチン来年度にも
2011/7/8 日本経済新聞
ポリオの予防接種でまれに起こる健康被害を避けるため、より安全性の高いワクチンが早ければ来年度にも導入される。ウイルスの働きを完全に抑えた「不活化ワクチン」で、手足のまひという副作用は起きない。ただ、導入されるまでポリオを含めてワクチンの定期接種自体を控える動きがあり、専門家は「病気に感染するリスクが大きいので必ず受けてほしい」と呼びかける。
ポリオは急性灰白髄炎(かいはくずいえん)で、別名「小児まひ」と呼ばれる。ポリオウイルスが脊髄の一部に入り、熱や下痢などが続き、手足などのまひが起きる。国内では1960年まで流行し、50年代には年間約5000人以上の患者が発生した。61年に旧ソ連などから生ワクチンを緊急導入して感染者は激減し、自然に感染した患者は80年を最後に確認されていない。現在は海外から入るウイルスに備え、生ワクチンを生後3カ月~1歳半の間を目安に原則2回接種している。
ただ、生ワクチンは野生のウイルスの病原性を弱めて作るため、「まれにウイルスが変異を起こして病原性が上がり、ポリオを発症することがある」(国立感染症研究所の清水博之室長)。世界保健機関(WHO)によると100万人に2~4人の割合で手足にまひの症状が出る。
さらに接種した子どもから二次感染する可能性もゼロではない。ワクチンを受けた子供の便から約1カ月後にはワクチンのウイルスが排出され、便の処理などでウイルスに触れた人は感染する恐れがある。厚生労働省によると、2001年度以降の10年間で15人がワクチン接種による被害と認定され、6人が二次感染したと確認されている。
副作用抑える効果
こうしたことから、10年以上前から多くの専門家が副作用が起きない不活化ワクチンの導入を求めてきた。
不活化ワクチンはポリオウイルスをホルマリンで処理して感染力をなくしてある。欧米では安全性が高いことから早くから導入が進み、多くの国はすでに不活化ワクチンに切り替えている。現在、生ワクチンを接種するのは日本を含め、ポリオの流行が続くアフリカ・南米の国々だけだ。
導入が始まる不活化ワクチンは、武田薬品工業など国内4社が「ジフテリア、百日ぜき、破傷風」(DPT)の予防薬も入れた4種混合ワクチンとして市販する予定。厚労省は「(市販を認める)承認の申請があれば審査を迅速に進める」方針。早ければ来年度にも承認される見通しだ。
ただ、安全性の高い不活化ワクチンの導入を見込み、ポリオの生ワクチンの接種を先送りする動きが出ている。「この春の定期接種は例年に比べて、接種率が10%ぐらい落ちている」と、東京都足立区の和田小児科医院の和田紀之院長は漏らす。乳児の両親からは「輸入した不活化ワクチンは接種しないのか」「始まるのを待ってもいいか」などの問い合わせが多いという。
和田院長は「生ワクチンより不活化ワクチンを接種したい気持ちはよくわかる。だが定期接種の接種率が下がると海外からウイルスが入ってきたり、生ワクチンを接種した人からの感染リスクなどが高まるので結果的に危険」と指摘する。
過度の警戒不要
生ワクチンでも性能が悪化していたり、導入が始まった60年代に比べても副作用の被害者が急増しているということではない。感染研の岡部信彦・感染症情報センター長は「現在の生ワクチンは国が認めている定期接種で、過度に恐れる必要はない」と定期接種を強く勧める。
国内の導入を待てない接種希望者の要望を受け、不活化ワクチンを個人輸入する小児科医師も多い。1回の接種費用5000~1万円は自己負担。未承認のため接種回数や方法も統一されていない。発疹などの副作用が起きる可能性があるほか、万が一の事故時の補償や救済もない。
最も懸念されるのは来年度にも導入される4種混合ワクチンを見込み、DPTの接種すら控える動きが出ることだ。岡部センター長は「乳児にポリオワクチンもDPTも受けさせないのは、冬に裸で屋外に出すようなもので危険極まりない」と警鐘を鳴らす。
不活化ワクチンの緊急輸入などを訴えている患者会「ポリオの会」の小山万里子代表は「誰でも万が一にも被害にはあいたくない。(不活化ワクチンの)導入の発表と同時に一斉に切り替えなければ、親が迷い、混乱するのは予想できたはず」と国の対応の仕方に疑問を投げかける。当面はかかりつけ医に相談するのがいいだろう。
(西村絵)
[日本経済新聞夕刊2011年7月8日付]