2013/03/31
鳥浜トメさんと特攻隊員 (写真)
私の父と母も大正生まれで、太平洋戦争を経験しています。
二人とも戦争の事は多く語りませんでした。
一人っ子の父は徴兵されましたが、内地での兵役でいたようです。戦局悪化の終戦直前に沖縄方面の赴任を命ぜられ、千葉の港からの出港日に終戦を向かえたそうです。
東京の焼け野原を列車で抜けた時は、日本もお終いだと、覚悟を決めたと言っていました。
母は看護婦でしたので、戦争を体験をした看護婦として、言葉にし難い体験をしたと思います。亡くなる直前まで、戦争の事は語る事はありませんでした。
終戦から結婚をするまでは、体調を崩していたようです。
遅い結婚をした二人から、私と弟が生まれました。
父と母からは、多くの事を学びました。
一番は
「泣きごとを言うな、自分の決めた道なんだから」
私の父と母も大正生まれで、太平洋戦争を経験しています。
二人とも戦争の事は多く語りませんでした。
一人っ子の父は徴兵されましたが、内地での兵役でいたようです。戦局悪化の終戦直前に沖縄方面の赴任を命ぜられ、千葉の港からの出港日に終戦を向かえたそうです。
東京の焼け野原を列車で抜けた時は、日本もお終いだと、覚悟を決めたと言っていました。
母は看護婦でしたので、戦争を体験をした看護婦として、言葉にし難い体験をしたと思います。亡くなる直前まで、戦争の事は語る事はありませんでした。
終戦から結婚をするまでは、体調を崩していたようです。
遅い結婚をした二人から、私と弟が生まれました。
父と母からは、多くの事を学びました。
一番は
「泣きごとを言うな、自分の決めた道なんだから」
2013/03/11
語りべ
鳥濱 初代さん
富谷食堂に隣接する富谷旅館の玄関先。
戦後の昭和27年、特攻隊員の遺族を知覧に泊めるために作られたもの。
現在はトメさんの孫の奥さん鳥濱初代さんが意志を継いで営んでいます。
朝食後の2時間ほど、語りべで宿泊者に・・・
一つしかない命を投げ捨てて、散っていた若者達の事・・・
命の大切さ・・・
戦争の惨さ・・・
を語り続けています。
鳥濱 初代さん
富谷食堂に隣接する富谷旅館の玄関先。
戦後の昭和27年、特攻隊員の遺族を知覧に泊めるために作られたもの。
現在はトメさんの孫の奥さん鳥濱初代さんが意志を継いで営んでいます。
朝食後の2時間ほど、語りべで宿泊者に・・・
一つしかない命を投げ捨てて、散っていた若者達の事・・・
命の大切さ・・・
戦争の惨さ・・・
を語り続けています。
2013/03/11
上原 良司大尉
長野県池田町
死没 1945年5月11日
満22歳没
「所感」
栄光ある祖国日本の代表的攻撃隊ともいうべき陸軍特別攻撃隊に選ばれ、身の光栄これに過ぐるものなきと痛感いたしております。 思えば長き学生時代を通じて得た、信念とも申すべき理論万能の道理から考えた場合、 これはあるいは自由主義者といわれるかもしれませんが。自由の勝利は明白な事だと思います。 人間の本性たる自由を滅す事は絶対に出来なく、たとえそれが抑えられているごとく見えても、 底においては常に闘いつつ最後には勝つという事は、 かのイタリアのクローチェもいっているごとく真理であると思います。
権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。 我々はその真理を今次世界大戦の枢軸国家において見る事ができると思います。 ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツまたすでに敗れ、 今や権力主義国家は土台石の壊れた建築物のごとく、次から次へと滅亡しつつあります。
真理の普遍さは今現実によって証明されつつ過去において歴史が示したごとく未来永久に自由の偉大さを証明していくと思われます。 自己の信念の正しかった事、この事あるいは祖国にとって恐るべき事であるかも知れませんが吾人にとっては嬉しい限りです。 現在のいかなる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思う次第です。 既に思想によって、その闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。
愛する祖国日本をして、かつての大英帝国のごとき大帝国たらしめんとする私の野望はついに空しくなりました。 真に日本を愛する者をして立たしめたなら、日本は現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。 世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人、これが私の夢見た理想でした。
空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人がいった事も確かです。 操縦桿をとる器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、ただ敵の空母艦に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬものです。 理性をもって考えたなら実に考えられぬ事で、強いて考うれば彼らがいうごとく自殺者とでもいいましょうか。 精神の国、日本においてのみ見られる事だと思います。 一器械である吾人は何もいう権利はありませんが、ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を 国民の方々にお願いするのみです。
こんな精神状態で征ったなら、もちろん死んでも何にもならないかも知れません。 ゆえに最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です。
飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、いったん下りればやはり人間ですから、そこには感情もあり、熱情も動きます。 愛する恋人に死なれた時、自分も一緒に精神的には死んでおりました。 天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。
明日は出撃です。 過激にわたり、もちろん発表すべき事ではありませんでしたが、偽らぬ心境は以上述べたごとくです。 何も系統立てず思ったままを雑然と並べた事を許して下さい。 明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。
言いたい事を言いたいだけ言いました。無礼をお許し下さい。ではこの辺で
長野県池田町
死没 1945年5月11日
満22歳没
「所感」
栄光ある祖国日本の代表的攻撃隊ともいうべき陸軍特別攻撃隊に選ばれ、身の光栄これに過ぐるものなきと痛感いたしております。 思えば長き学生時代を通じて得た、信念とも申すべき理論万能の道理から考えた場合、 これはあるいは自由主義者といわれるかもしれませんが。自由の勝利は明白な事だと思います。 人間の本性たる自由を滅す事は絶対に出来なく、たとえそれが抑えられているごとく見えても、 底においては常に闘いつつ最後には勝つという事は、 かのイタリアのクローチェもいっているごとく真理であると思います。
権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。 我々はその真理を今次世界大戦の枢軸国家において見る事ができると思います。 ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツまたすでに敗れ、 今や権力主義国家は土台石の壊れた建築物のごとく、次から次へと滅亡しつつあります。
真理の普遍さは今現実によって証明されつつ過去において歴史が示したごとく未来永久に自由の偉大さを証明していくと思われます。 自己の信念の正しかった事、この事あるいは祖国にとって恐るべき事であるかも知れませんが吾人にとっては嬉しい限りです。 現在のいかなる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思う次第です。 既に思想によって、その闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。
愛する祖国日本をして、かつての大英帝国のごとき大帝国たらしめんとする私の野望はついに空しくなりました。 真に日本を愛する者をして立たしめたなら、日本は現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。 世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人、これが私の夢見た理想でした。
空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人がいった事も確かです。 操縦桿をとる器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、ただ敵の空母艦に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬものです。 理性をもって考えたなら実に考えられぬ事で、強いて考うれば彼らがいうごとく自殺者とでもいいましょうか。 精神の国、日本においてのみ見られる事だと思います。 一器械である吾人は何もいう権利はありませんが、ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を 国民の方々にお願いするのみです。
こんな精神状態で征ったなら、もちろん死んでも何にもならないかも知れません。 ゆえに最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です。
飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、いったん下りればやはり人間ですから、そこには感情もあり、熱情も動きます。 愛する恋人に死なれた時、自分も一緒に精神的には死んでおりました。 天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。
明日は出撃です。 過激にわたり、もちろん発表すべき事ではありませんでしたが、偽らぬ心境は以上述べたごとくです。 何も系統立てず思ったままを雑然と並べた事を許して下さい。 明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。
言いたい事を言いたいだけ言いました。無礼をお許し下さい。ではこの辺で
2013/03/03